テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
今日は配信日。
画面の向こう側には、たくさんのリスナーが待っていた。
闇ないこ: こんばんは〜、ないこです。今日も来てくれてありがとう。
その笑顔は、完璧だった。
いつものテンション、いつもの口調、いつもの「ないこ」。
けれど、ほんのわずかに――温度が、ない。
コメント欄が盛り上がる。
でも、目の奥には“感情”がなかった。
闇ないこ: 最近ちょっと寝不足なんだけど、みんなのコメントで元気出るから大丈夫。
その言葉は嘘だった。
彼の中に“元気”なんて感情はなかった。
あるのは――冷たい静けさだけ。
一方その頃、鏡の中。
そこに、本物のないこはいた。
声は出ない。体は動かない。感情を伝える手段も、表情すらも奪われたまま、ただただ鏡の中に“存在するだけ”。
ないこ(心の声): ……ここは、どこ……?
僕は、生きてるの……? それとも、もう――
思考だけが、冷たく響く。
外から聞こえる笑い声。
自分の名前を呼ぶ声。
そのすべてが、“自分じゃない自分”に向けられている。
ないこ(心の声): 僕は……ここにいるのに。
鏡の表面に手を伸ばそうとしても、動かない。
叫ぼうとしても、声が出ない。
外の世界の“ないこ”は、どこまでも順調だった。
完璧に演じられた言葉、視線、リアクション。
何ひとつ、違和感を持たせない仮面。
闇ないこ: それじゃ、今日もありがとう。また次の配信で会おうね。
終了の挨拶をして、カメラが切られる。
その瞬間、闇ないこの表情がふっと消える。
闇ないこ: ……楽だね。こうして演じるのは。
“自分”なんかいらなければ、苦しまなくて済む。
“本当”なんて、捨ててしまえばよかったんだよ。
君も、最初から――そうしたかったんでしょ?
鏡の中で沈黙するないこは、微かに首を横に振った。
ないこ(心の声): 僕は……そんなの、望んでない……!
けれどその言葉も、誰にも届かない。
音も光も、全てが緩やかに遠ざかっていく。
やがて、鏡の中の景色が滲み、暗く塗り潰されていく。
ないこ(心の声): 僕を、見つけて……
その祈りは、ただ静かに、鏡の奥へと沈んでいった。
次回:「第八話:深層」へ続く。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!