テラーノベル
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目を覚ますと、そこは真っ白い部屋だった。
視界に飛び込んできたのは、起き抜けの目が眩むほどに白い天井。明らかに自分の部屋のものではないそれに、おれの意識はたちまち眠りから引っ張り上げられる。
反射的に体を起こすと、そこは見知らぬ部屋の、見知らぬベッドの中だった。
そして傍らには、見覚えのある顔。
「阿部ちゃん……?」
おれの隣で、阿部ちゃんが眠っていた。
布団に包まってすやすやと寝息を立てているのは、愛しい恋人に他ならなかった。ここしばらく二人で逢う時間を持てていなかったから、こうして近くで彼の顔を見るのは久しぶりで、しかし今置かれているこの状況がそんな甘い空気に浸ることを許さない。
――どういうことだ?
ここはどこなのか、おれたちはどうしてこうなっているのか、てんで一切わからない。いつも人より反応が遅い、3G回線だなどと揶揄されるおれの頭が、輪をかけて処理速度を落としている。けれど、何もわからないなりにどうにかしなければと思い、ざっと部屋じゅうに一通り視線を巡らせた。部屋の中は簡単なワンルームのようになっていて、見渡す限り大体の家具は揃っている。ベッドの脇には大きな窓があり、白いカーテンが小さく揺れている。
部屋の中は白で統一されていて、色を持っているのはおれたちだけ、のような気すらした。
そんなおれたちが身に着けているのも、真っ白で何の装飾も無いリネンの服だ。お揃いだ、なんて呑気に思ってから、ひとまず阿部ちゃんに声を掛ける。
「阿部ちゃん、阿部ちゃん、起きて」
「……ん、」
気持ちよさそうに寝入っているところを起こすのは忍びなかったが、名前を呼びながら軽く肩を揺すると、阿部ちゃんは存外すぐに目を覚ました。
「おはよう」
そう言ってにこりと微笑んだ顔が、寝起きだからだろうかいつもより幼く見えて、おれの頬もつい緩んでしまう。
阿部ちゃんもこの部屋の様子を視界に捉えたようで、しかし特に何の反応も見せなかった。どう見ても異常な事態であり、普段の阿部ちゃんなら真っ先にこの状況に疑問を呈するはずなのに。いつもと変わらない朝を迎えたかのように、穏やかにまどろんでいる。
ふと、阿部ちゃんが身じろいだ弾みで足元の布団がめくれた。そこからあらわになった彼の足元に視線をやって、思わず息を呑んだ。
ほっそりとした足首に、銀色の細く長い鎖が巻き付いている。阿部ちゃんの脚を絡め取って捕らえたかのようなそれは、ベッドの下まで伸びていて、どうやらベッドの脚に結び付けられているようだった。
まるで、監禁されている、みたいな。
「阿部ちゃん、それ」
どうしたの、と尋ねようとしたおれに、阿部ちゃんはひどく嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あべちゃん、って、それが俺の名前?」
「……え、?」
何を言ってるの、と返そうとした、けれど言葉が喉の奥に貼り付いてしまったかのように出てこない。「そっかぁ」と得心しておれを見つめる阿部ちゃんの無邪気な眼差しに、胸騒ぎがする。
何かがおかしい。
自分の名前を覚えていない? 記憶喪失? でもそれだけではない、根本的な違和感がある。
頭の中に不快な靄が広がっていくのをどうにもできないまま、彼の足首に視線を遣って「その鎖どうしたの、誰かにつけられたの?」と尋ねると、阿部ちゃんはきょとんとして口を開いた。
「何言ってるの。蓮がここに連れてきたんでしょ?」
絶句した。
おれが? 阿部ちゃんを? ここに?
阿部ちゃんの眼差しはまっすぐで、とても嘘をついているようには見えない。そもそもこんな状況で、彼がおれに濡れ衣を着せるようなことはしないはずだ。とすれば、きっと本当のことを言っているはずで。
――おれが、彼をここに監禁した。
そんな考えに思い当たって、さあっと頭から血の気が引いていく。まったく心当たりは無い。無いけれど、……果たして自分がそのようなことを決してやらないかと言われれば、断言しかねてしまう。
阿部ちゃんのことが好きだ。ずっとずっと、好きだった。同性で、アイドルで、同じグループのメンバーである、という何重もの高い高いハードルを力任せに乗り越えて、どうにかその手を掴んだのだ。何があっても、たとえ阿部ちゃんがおれを思って良心や善意で身を引こうとしたって、絶対に離さない。
想いを告げて、彼がそれに応えてくれたとき、決意表明にそんなことを口にしたら阿部ちゃんは目を丸くして、それから「蓮は、本当にまっすぐだね」と笑った。その声が、瞳が、かすかに潤んでいて、おれの意思を好意的に受け止めてくれたのは間違いなかった。
だから、何かがあって、阿部ちゃんをどこかに閉じ込めてしまいたい、という気持ちが芽生えてしまった可能性は否定できない。何せ、彼とこうして二人きりで過ごすのは本当に久しぶりで、……。
そこまで考えて、ふと気づく。
今日ここで目を覚ますまでの記憶が無い。
いや、正確には一昨日までの記憶はある。一昨日はいつものように一日じゅう仕事のスケジュールが詰まっていた。日付が変わってからようやく自宅に帰り着き、疲弊しきって今にもソファに沈もうとする体に鞭を打ってシャワーを済ませると、阿部ちゃんに一言だけメッセージを送って眠った。本当なら電話して声を聞きたいところだったけど、とっくに夢の中だろう彼を起こす真似はできなかった。お互いにアイドルであること、Snow Manの一員であることを最優先する、つまり仕事を第一としてそれに差し障りが無いようにするのは暗黙の了解だ。誰よりも仕事と学びに熱心で、どんなに多忙でも優しさと思いやりを失わない阿部ちゃんを、おれは尊敬している。それに阿部ちゃんならきっと、蓮は忙しいんだから、少しでも睡眠を取って体を大事にしなよ、と言うだろうし。
――そうして一昨日は眠りについて、それから先、あったはずの昨日のことを思い出せない。何一つ。
「蓮?」
「……ん、ああ、ごめん。ぼーっとしてた」
ぽっかり抜け落ちた記憶をどうにか取り戻せないか頭の中で格闘していると、阿部ちゃんが心配そうにこちらを覗き込んでいるのに気づいた。「大丈夫?」と気遣ってくれる彼に何でもないよ、と返そうとして、ふいに彼のかんばせに目が吸い寄せられる。
どんな時でも疲れを微塵も感じさせない阿部ちゃんの、つややかですべすべとした、健康的な色の肌。それが、まるで作り物のようにつるりとしていて、白い。真っ白な部屋と明かりの具合でそんなふうに見えているのかと思ったけれど、違う、そうではない。恐る恐る手を伸ばして指先を彼の頬に滑らせると、冷たい無機物の感触がして、背筋がぞっと震えた。
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ぱっちりとした大きなガラス玉のごとき目は、濡れたように輝き、きらめいている。否、よくよく見てみれば、それはまさしく、ガラスでつくられた精巧なグラスアイだった。
嘘だろ、と思わず口走る。
いつだったか、阿部ちゃんと二人でアンティークショップを訪れたとき、そこに飾られていた美しい人形について彼が話をしてくれたことがあった。昔ヨーロッパで流行った、ビスクドールという人形。陶器で出来た体にガラス製の瞳を持ち、流行から百年以上経った今でも人々を魅了し続け、根強い人気と希少な骨董的価値を持つのだという。
――阿部ちゃんの体は完全に、ビスクドールになっていた。
コメント
3件

不思議な世界 どうなってるのか… 続き楽しみです。
うわ、これ……すごい読後感ですね。真っ白い部屋で目覚めて、隣には恋人、しかも記憶喪失で足には鎖。そして最後のビスクドールの衝撃——。冒頭から「何が起きてるんだ?」と一気に引き込まれました。阿部ちゃんの「蓮がここに連れてきたんでしょ?」という台詞がめちゃくちゃ怖い。主人公の「心当たりはないけど、断言できない」という自己認識も不気味で、この先の真実が気になりすぎます。続きが待ち遠しいです!