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白山小梅
白山小梅
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それから十日が過ぎた。柊からの音沙汰はまるでなかった。
あたしは呆気なくワンナイトの女として終わったらしい。
日を追う事に薄くなっていくキスの痕を見ると、泣きたくなった。残り火に薪をくべるように、手首に残されたひとつ上を自分で吸って鬱血させた。濃くなったキスマークは、柊が付けたものとは別物なのに、あたしのこころは満たされていった。
金曜のバイトは中々に忙しない。予約も割と埋まっているので、今夜の忙しさを予感めく。
しばらくすると、同世代の団体がやってきて「予約の、時任です〜〜!」ととびきり明るい声で言うので「ご案内します」と、セッティングしている大部屋へ案内する。どうやら、サークルの飲み会みたい。
幹事の人に軽く説明を終えてレジ付近に戻ると、芽依は同世代らしい二人のお客さんと話していた。もうナンパされてるのか。
可愛い彼女の日常茶飯事の出来事だと勝手に思い込んでいれば
「あ、ほとり〜!こっちこっち」
何故かあたしに向かって手を振るから、ぎょっとなる。さらに、二人組の男子の一人はあたしに向かって手を振っているし……さらにさらに、もう一人を確認すれば、あたしの目の前に星が落ちてくる。
「……え?」
だって、芽依の前にいるのは、長谷川くんと……柊だ。
「へえ、ほんとに同じバイト先なんだ」
10日ぶりの柊は、心無しか、キラキラのエフェクトを背負って見えた。キャメルのゆったりシルエットの半袖ニットはシンプルだけど重ね着がオシャレで、黒いパンツと良く似合っている。
柊って……こんなに格好良かったっけ?
「ほんとにって、まさか嘘だと思ったのー?」
「軽く。だって、ほとり、、、ちゃん、居酒屋っていうよりカフェとかで働いてそうじゃん」
「どういうこと〜?お酒出すか出さないかの差でしょ〜?」
「な、なんで長谷川くんと柊 くん、、が?」
柊はあたしとのことを他人様で決めているらしいので、あたしもそれに倣う。笑顔が引き攣りながら訊ねると、芽依が教えてくれた。
「合コンの二次会で、長谷川くんが、サークルの飲みどこにしようって話してたから、うちの居酒屋、宣伝しましたー!ね、わたしって、めちゃいいバイト生じゃない?紹介料でないかなー!」
にこにこと朗らかな芽依を前に、くらりと目眩がした。あたしにだけ隕石が落下したみたい。
うそー……。
良いバイト生かもしれないけれど、あたしにとってはナンセンスである。芽依がいつも以上にメイクが丁寧だと思ってたけど、こういうことか。
柊が来るって分かってたら、ちょっとはあたしも、気合いいれたのになぁ。
しゅんと落ち込む気持ちを隠すように、前で結んでいた人差し指で自分の指先をなぞる。
「柊くん、今日もカッコイイね〜」
「黒井さんも、今日も髪結んでて偉いねー」
「柊くん、髪結んでるだけで褒めてくれるの?ありがとー」
すごく薄っぺらい会話を聞きながら話に参加するタイミングを見極めていれば「アオくーん、はやくー」と、柊と長谷川くんはサークルの子らしい女子に連れられて個室へ消えていった。
ふーん。柊は、アオくんって呼ばれてるんだ。ふーん。
全然可愛くない内側を消すように「ごゆっくりどうぞ」と会釈した。柊とすれ違う時、甘い香りがふわりと舞った。あたしが好きだと言った香りは、嗅ぐと嫌でも胸がぎゅっと鳴いた。
「知り合いが来る時は教えてよ」と、小姑みたいな小言をいえば「ごめーん、さっき思い出した」と、芽依は舌をぺろっと出した。計画的な犯行だとおもう。
何組かの団体のお客と金曜の夜が重なって、オーダーのペースがやたらと早いし、料理の注文も多い。
ざっくりと大雑把にお酒を作って、大量に乗せられて重くなったトレイを例のサークル部屋に運んだ。
活動的なサークルなのか、個室内は楽しそうな雰囲気が漂っている。男子の割合の方が高いけれど、ドア側ではカップルらしい美男美女がベタベタ引っ付いているので、アルコールが入って更にイチャイチャが激しくならないか不安である。
騒々しい雑踏のなか、ちらりと柊を見遣る。ここは喫煙可能な個室なので、隅の方で煙草を吸っている柊はギャル系の子と楽しそ〜うに話していた。
ていうか、柊の隣の女の子、胸元ががっつり開いてる服着てるけど、おっぱい零れない?大丈夫?
柊も涼しい顔をしているけど心の中で鼻の下伸ばしてるはず。長谷川くんはあの子の胸元がっつり見すぎだ。
イラッとするけど、感情を殺すのは得意である。笑顔を貼り付けて大量のお酒をテーブルに置いた。あとは全部セルフで運んでもらおう。
「失礼しました〜」
ぐるなびやGoogleレビューに” 店員の態度悪すぎ “ってクレーム来たら店長に謝ります。
柊たちが来店してから心の衛生状況がよろしくないので、早く帰ってくれないかな。それか、あたしは別のオーダーを……。
店員として有るまじきことを思っていれば、ピピピ、と音を鳴らしながら吐き出された注文。届いた伝票を見ると、今行ったばかりの部屋からのオーダーだ。
「芽依、かわっ」
「お願いしまーす」
あたしの声はタイミング悪く、キッチンの廣瀬さんの声に呑まれてしまう。
カウンターに並んだ料理は芽依が受け取ると、「あのお客さん、イケオジだったんだよね〜」なんて下心を零しながらホールへと向かうから、仕方なく、お酒がずらりと並んだ伝票を睨んだ。