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さすし
🟦🏺です。割れてこそ見える美しさもある。
多少のグロ注意。
「つぼ浦ー」
「なんすか」
のんびりとした時が流れる本署前。束の間のチルタイムに、青井の素朴な疑問から問答が始まった。
「お前ってさ、なんでサングラスしてるの?」
「はぁ…?ああ、コレっすか?」
つぼ浦は妙な顔をしてそっとサングラスに触れた。カチャリと音を立ててフレームが揺れる。
「そ。外そうともしないじゃん」
「まぁ、とくに理由もないしな」
遠い目をしてつぼ浦は視線をずらす。意地でも外そうとはしなさそうなので青井は横顔を注視してみることにした。
第一印象は思っていたよりも睫毛が長いな、だった。いつもの破天荒っぷりからは想像もできないような、まるで女優のような華やかさがある。ちょうど陽の光が当たって眩しいのか、目を少し細めているのが蠱惑的だ。
目の色は見えない。青井は勝手に想像の中で補完しておくことにした。南国刑事、なんてあだ名を付けられるほどだし、黄色やオレンジ色なのかな、青でも綺麗かもしれない、と妄想しているとつぼ浦が視線に気がついたのかこちらに顔を向けた。
「…なんすか」
「なんでもないよ」
怪訝気な顔をするつぼ浦の言葉に咄嗟に誤魔化すと、都合よく銀行強盗の通知がやってきた。
「よし、行くか!つぼ浦匠、対応行きます!」
「俺も行きまーす」
無線に報告をすると、パトカーに乗って現場へ向かった。
「犯人いるかー!!!」
馬鹿みたいにでっかい声が通りに響く。犯人の騒々しい足跡が聞こえてきて、つぼ浦と言い合いを始めた。いつもの光景だ。
これはどうかな、と青井は思った。ロケランが先かバットが先か。押し問答かな、と考えているとつぼ浦がロケランを取り出した。埒が明かなくなったらしい。流石に止めに入ろうとすると、バン!と鼓膜をつんざくような発砲音がした。
「つぼ浦!?」
身の危険を感じた犯人が撃ったらしい。当然と言えば当然だが、それどころではないと助けに行く。どうやら眉間に当たるなんてことはなく、見事にサングラスだけ弾き飛ばしたらしい。
「つぼ浦大丈夫!?」
「ん、ああ。…アオセン?」
ドリフでたらいにでも当たったのかというほど綺麗に倒れたつぼ浦に駆け寄り、ピシッと彫像にでもされたかのように青井は固まった。
薄っすらと開いたつぼ浦の目。赤く溶かされた口紅のような綺麗な色が青井を見つめる。誰もが吸い込まれてしまうような紅い光から目が逸らせない。
だがそれだけではない。
宝石のような目が放つ乱反射した光が青井の顔にあたり、紅い花火を放つ。いや、「ような」ではない。その左目は宝石だった。血よりも鮮やかな色を宿す石が青井を眺めた後に驚いたように見開かれる。
「つぼ浦、それ…」
「ッ見んじゃねぇ!!」
つぼ浦が起き上がり走り去る。青井は呆然とその姿を見送った。
いつからだろうか、左目が価値のある石となったのは。
物心ついた朝。いつものように鏡の前に立ち顔を洗おうとした時、それに気がついた。
「…なんだろ?」
昨日の夜までは普通の瞳だった左目が、紅くて硬い、いうなれば宝石になっていた。いつもは図鑑や博物館でしか見れないそれが自分の瞳に埋め込まれている。幼いたくみくんからすればそれは不思議なことであり、興味を向ける対象でもあった。こんな状況で恐怖ではなく好奇心が出てくるのは、なんともつぼ浦匠という男となる原石だったともいえた。
まずは母親に言いに行こうと思ったたくみくんは、母親の元へ走りこのことを誇らしげに伝えた。だが、母親は血相を変えて 「病院に行くわよ!」といい、有無を言わせず連れて行かれた。結果は異常なし。母親は少し安心した顔で「まあ、体に異常がないなら大丈夫ね」といい、病院に大人しく行けたご褒美として飴を買ってもらった。
だが、事件が起きたのはここからだった。
小学校にたどり着き、扉を開ける。目のことをたくみくんは変だなんて思ってもいなかったし、かっこいいとさえ思っていた。だが、話しかけてきた女子に顔を覗き込まれ悲鳴をあげられた。
そこからだろうか、「変な目」として噂がたった。
子供というのは無知が故に残酷だ。幼く無知だからこそ特定の「変なやつ」を部外視してしまうのもしょうがないのかもしれない。だが、子供にとって学校というのは全てに等しい。
たくみくんには大きなトラウマが残った。
路地裏にたどりつたつぼ浦は大きなため息をつき、そっとサングラスを外した。
人間、案外子供の頃の記憶を覚えているものだ。青井のひどく驚いた顔を思い出し、更にため息をつく。
幼い頃の記憶から逃げるようにあちこちを放浪していくうち、この街へたどり着いた。この街はいい。いかなるドラマも事件も最後には大きな川の流れに巻き込まれるようにして過ぎていく。
たとえ誰もこの目を気味が悪いとか、変だとは言わないんだろう。けして青井のことを信じていないわけではない。幼い頃の影がまとわりついて離れないのだった。
カチャリと音を立ててつぼ浦は何かを取り出した。
銀色のナイフだった。その刀身には妙にやつれきった自分の顔が映り、自嘲気味に笑う。
「…あーあ」
昔は誇らしかったそれが、今は憎たらしいほどに光って見えた。
青井は無線を確認する。つぼ浦がいないことを確認し人知れず溜息がこぼれた。
つぼ浦に拒絶されて、本署で彼の姿を見なくなってから4日が過ぎた。自分に迷惑をかけてばかりの彼がいないだけでここまで寂しくなるものだろうか。つぼ浦がいないだけでここまで世界に色が着いていないように見える。まるで主役のいない漫画のような、花びらが一枚無い花のような。多くの人の人生が交わり絡み合って一本の糸を作り出すこの街で、確かな存在感を放つ彼がいない。それだけで青井はつまらないと感じてしまう。
たかが一人、されど一人というやつだろうか。なんとも言えないもやもやをかかえて青井はスマホを取り出した。
手短に「家に行くね」と送信してみる。当然既読はつかない。一体何をしているの
だろうか。
青井は腹をくくることにした。
本署が家のような彼の質素なアパート。そっと呼び鈴を鳴らすが、虚しい電子音が響くだけだった。
「おじゃましまーす…ッ!?」
さいしょに鼻についたのは鉄臭いにおいだった。青井はこれを知っていた。いや、この街でなら一度は嗅いだことのある香り。 まごうこともなく血の香りだった。
いったになにがあったのかとリビングへ走る。
リビングは酷い有様だった。
転がる衣服や持ち物、あたりに散乱する血のついたナイフや包丁、拭き取るのに使ったらしいタオルや散らばる救急セット。中央においてあるソファーを中心に赤くシミが広がっていた。そのソファーにはつぼ浦が死んだように眠っていた。
「つぼ浦?つぼ浦!」
必死に呼びかけると、つぼ浦が目を億劫そうに開いた。
「あおせん…?」
青井は今度こそ息を呑んだ。
つぼ浦の視線の先には何も映っていなかった。何も映っていないのではないのかもしれない。何しろ目がないのだから。
真っ黒な眼窩の横には血がついていた。それが下にたれていったような跡があって、まるで血涙のようだった。
「…………なんで、そんな」
「…ッ!?」
頭がはっきりしてきてから自分の状況に気がついたのか、つぼ浦は両手で目を覆い隠した。
「つぼ浦」
「いやだ。見んな」
「まだなんも言ってないよ」
つぼ浦はそうっとこちらを伺ってきた。その左目に宝石のようなものが宿り始めていることに青井は気がついた。
「…それ」
「……あ゙ー…バレちまったならいいか」
開き直ったらしいつぼ浦が両目から手を離す。その左目には目の形を模した宝石が嵌め込まれていた。
「どう思います?これ」
青井は見入ってしまった。やはり赤い宝石は情熱的で太陽のようなつぼ浦によく似合う。
「…綺麗」
「そうっすか」
つぼ浦は諦めたような冷めたような顔をして俯いた。
「昔、この目を見られて怖がられたんです。そりゃ怖いですよね、目が宝石だなんて」
ポツリとつぼ浦は呟いた。誰にも見せない脆い弱点の過去だった。
「そうなの」
青井の声は穏やかだった。前までは何も思わなかったその声が今はよすがのようだった。
青井はヘルメットを脱ぐとポケットにしまい込んだ。そしてそのままの流れでつぼ浦をそうっと抱きしめた。つぼ浦は急におかしな動きをした先輩を止めることもできず、そのまま固まってしまった。
「……そんなに綺麗なものを、一人でずっと隠して怖がってたんだね。頑張ったね」
青井の声は平坦で、感情が表に出てこない。むしろ今はその声に溶かされいく。「頑張ったね」の一言が胸に縛り付けられた痛みをほどいていく。
「…俺の事、怖くないのか?」
「全然」
「気味悪くねぇのか?」
「ううん」
「…変じゃ、ないか?」
「いーや?むしろ素敵だよ」
つぼ浦の左目から涙がこぼれだす。
拒絶され、「変なやつ」としてレッテルを貼られた過去をすべて包み込む青井は天使のようで、いまはその優しさが怖かった。2度も拒絶による絶望と恐怖を味わいたくなかったから。
「…泣かないで、大丈夫だから。俺がずっと手を繋いでるから、絶対どこにも行かないよ」
つぼ浦の中で最後の決壊が壊れた気がした。
青井の腕の中で、まるであのときの孤独と痛みを溶かすようにつぼ浦は泣きじゃくった。
つぼ浦が泣きつかれて眠ってしまったのを確認し、青井はそうっとつぼ浦をソファーへ寝かせた。眠る彼の顔は毒気がなく、タレ目の目も穏やかに見える。
青井は後ろを振り返る。まずは一旦部屋の片付けだ。家事のできない自分でも片付けくらいはできる。つぼ浦が起きたら病院にも連れて行かなければ。
つぼ浦が起きて、目も治ったら言うことは決まっている。ようやく自覚した想いを伝えるのだ。
これからのつぼ浦の反応を予想して多幸感に包まれながら、優しく閉じたつぼ浦のまぶたを撫でた。
二度とこの宝物を離さないと決意して。
🏺の瞳はレッドスピネルがモデルです。石言葉も合わせて是非。
宝石って綺麗でいいですよね。私はブルートルマリンが好きです。
この話を書いているときに🏺にもらい涙してボロ泣きしてました。こうゆう話大好きなもので…
私の癖で攻め受けどちらが確実に病んでしまうのでどうにかしたいものです。
コメント
1件
読了しました……2話、とても良かったです。 つぼ浦の左目が宝石だという設定、そこに「幼少期のトラウマ」がしっかり根づいているのが、物語に深みを与えていますね。「変なやつ」とレッテルを貼られた過去が、今のつぼ浦の臆病さや自己否定に繋がっている描写が丁寧で、胸が締め付けられました。 青井がヘルメットを脱いで抱きしめ、「ずっと手を繋いでる」と言うシーン、あの一文だけでつぼ浦の長年の孤独が溶けていくのが伝わってきました。伏線の張り方と回収のテンポが心地よく、続きが気になる終わり方でした。