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ノックの音で目を覚ます。
窓から差し込む陽の角度からして、もうすぐ昼になろうという頃だった。
「殿下、お目覚めでいらっしゃいますか? 本日は貴族会議の予定が入っておりますが」
侍従の声に起こされたヨハンセンが慌ててベッドから下りようとするのを、メリーティアは腕を絡めて引き留めた。
「もう行ってしまうんですか……?」
「だが、毎月の貴族会議は絶対に出席しろと、母上がっ」
「わたしと一日こうしていましょう?」
べったりと密着して身体をまさぐると、ぐらぐらと揺れる心を表すようにヨハンセンの瞳が揺れる。
「でも……」
「その大事な会議で、誰がヨハンの意見を聞いてくれるの?」
そう問いかけると、ヨハンセンの表情が凍った。
◆
――会議には父とユージーンも出席する。
大臣たちが意見を求めるのはユージーンばかりで、ヨハンセンが的外れなことを言えば鼻で笑う者もいた。最終的に決定を下すのは父である皇帝だ。
結局、いつも自分は形だけ出席している。いてもいなくても何も変わらない。
本当は会議になんて出たくなかった。
責任感だってない。母親が怖いから言うとおりにしてきただけだ。
世間では第一皇子と第二皇子で派閥ができているが、ヨハンセンは皇帝になりたくなんかなかった。
ユージーンのほうが向いていると思っているし、そんな器ではないということは自分がいちばんわかっている。帝国を率いていく覚悟も自信もないのだ。
皇宮は息が詰まる。
第一皇子の地位も、皇后の息子という立場も、いつも重責で押し潰されそうだった。
すべてのしがらみから解放されて、何のストレスもなくのんびりと過ごしたい。
そんなヨハンセンにとって、メリーティアの言葉は抗いがたいほどの甘い誘惑だった。
◆
「あ……う……っ今日は! 体調が優れないから欠席すると伝えろ!」
扉の外の侍従にそう告げた瞬間、ヨハンセンは憑き物が落ちたようにすっきりとした顔をしていた。はじめて母親に反抗したのだろう。達成感でいっぱいの様子だ。
「メリーティア、今日も俺のことを愛してくれ。ずっと、ずっと」
「あっ……待ってヨハン。わたし、避妊薬がほしいの」
「避妊薬? それなら俺が飲んでるから問題ない。母上は女遊びは好きにしろと言うが、よそで種をまくような真似はするなと毎日避妊薬を飲まされているんだ」
「それなら余計な心配でしたわね」
「それに俺も子どもは欲しくない。……俺が子どもを上手く愛せるわけがないから。メリーティアだけがいればいい。お前がいればほかに何もいらない」
「ヨハン、わたしも同じ気持ちよ」
もあ
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鬼霧宗作
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#復讐
りう。
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さぶれ-SABURE-
1,239
翌日も、その次の日も、ヨハンセンは皇子としての仕事を放棄した。
「殿下、皇后陛下が大変お怒りでいらっしゃいます」
「殿下の確認が必要な書類が山のように溜まっておりますよ」
「殿下、殿下、殿下――」
一カ月の間、ヨハンセンは呼びかけを無視して寝室から出ず、メリーティアとただ淫蕩に耽ったのだ。
朝も夜もなく交わって、甘やかされているだけの毎日は楽だったろう。彼がそう考えるように、メリーティアは等身大のヨハンセンをすべて受け入れてきた。
難しいことは何も考えなくていい。母親の顔色も窺わなくていい。ユージーンと比べて落ち込むこともない。そんな甘く優しい時間が延々と続けば――どれだけ努力しても周囲が望むような皇子にはなれなかったのに、堕落するのは皮肉なほどあっという間だ。
「――殿下、領地のトルク川の堤防建設についてそろそろお決めにならなければなりません。領主さま方がいらっしゃっています。どうかお部屋から出て来てはいただけませんか」
今日は、侍従がなかなか引き下がらなかった。
メリーティアはヨハンセンの身体の上に寝そべりながら、ふたりのやりとりに耳を傾ける。
「トルク川はどうせ毎年氾濫するんだ。堤防なんか建設しても金の無駄だろう。いつものように土嚢を積めばいい」
「しかし――……」
これまでの呼び出し内容よりも思いのほか大事な案件だ。さすがにヨハンセンを行かせるべきか、と考えてはたと思いとどまる。
会話にあったとおり、彼の領地にあるトルク川は大雨が降ると毎年氾濫することで有名だ。
しかし近年べつの同じような川に堤防を建設したところ、それ以降は大雨が降ってもほとんど氾濫することはなくなった。そのためトルク川にも堤防を建設しようという案が出ている、と聞いたことがある。
トルク川はヨハンセンの領地以外にも続いているため、三つの領地が資金を出し合ってはどうかと話し合いがおこなわれている最中だったはずだ。
メリーティアの記憶によれば、今年は稀に見る嵐がくる。
トルク川は氾濫し下流域は濁流にのまれ、人にも農地にも甚大な被害が出たという記事を見た覚えがあった。おそらく対策は、ヨハンセンがいま言ったように土嚢を積んだだけだったのだろう。
彼に任せると、メリーティアが経験した未来が繰り返されるだけだ。
復讐したいのはヨハンセンであって、彼の治める領地の民ではない。
「――ヨハン、その仕事、第二皇子殿下に押しつけてしまうのはどう?」
「ユージーンに……俺の領地のことを?」
「だってあなたがいないとわたし寂しいわ」
「だが……俺の領地のことだから、俺が決めないと……」
「ヨハンは何もしなくていいのよ。めんどくさいことも、つらいことも、いやなことも、何もしなくていいの。わたしと気持ちいいことだけしていましょう?」
「……そう、そうだな」
ヨハンセンの口から「はは」と笑いがこぼれた。
彼はきっと元来素直な性格なのだろう。そのうえ皇后に従うよう幼いときから躾けられているせいで、自分でものを考えるのが苦手になっているようだ。
だから誘導するのは容易だった。流されるのがいちばん楽だと学習してしまっているから。
くわえてはじめて皇后に反抗したときの昂ぶりがまだ抜けきっていない。
ヨハンセンは全能感に包まれているような状態だ。遅れてきた反抗期で完全にハイになっており、理性の抑制がなされず衝動的に行動する。
実際は従う対象がメリーティアに変わっただけだが、ヨハンセンはそのことに気づかない。
「どうせユージーンは自分の領地すら持ってないから暇を持て余してる。みなに優秀だと褒められる頭で、きっとこの問題も上手く解決してくれるはずだ。――おい聞いただろう、この件は第二皇子に任せる!」
だからこのとおり、メリーティアの言いなりだ。
ヨハンセンがそう告げると、侍従が荒々しく扉を叩いた。礼儀を欠いた行いだが、それだけ必死になっているのが窺える。
しつこく取っ手をガチャガチャ引っ張るが、鍵がかかっているため開くことはない。
「殿下……! お考え直しください。このままでは殿下のお立場が危ぶまれますよ! その悪女の言うことに耳をお貸しになってはなりません!」
「うるさい! いいから言うとおりにしろ!」
侍従はしばらく粘ったが、部屋の中から艶めいた声が聞こえだすと遠ざかって行った。