テラーノベル
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#独占欲
#ワンナイトラブ
北方の地、ニンルシーラの夏はカラリと乾いていて過ごしやすい。
陽射しは強くとも、風が軽いのだ。
日陰に入れば熱はやわらぎ、空気もどこかひんやりと澄んでいた。
その中でも、さらに北――マーロケリー国との国境線を守るヴァルム要塞は、常よりも一段、引き締められた空気に包まれている。
夏の間、ランディリックはヴァン・エルダール城を離れ、この地へ詰めることが多かった。
「……皮肉なものだな」
石造りの狭間から外を見やり、ランディリックは低くつぶやいた。
この地は、あまりにも澄みすぎている。
視線の先には、モビ山脈の裾をなぞるように広がるエルドヘイムの森。
黒褐色のエルカスギが外縁を覆い、その奥は深く、光を呑み込むように沈んでいる。
風は森に吸われ、音を失い――だが、その向こうから来る気配だけは、確かにここへ届く。
さらにその先。
雪を抱いたままの山脈の向こうに、マーロケリー国がある。
――だからこそ、見逃しは許されない。
ここは最前線。
マーロケリー国との国境は、すぐそこだ。
雪が消えるこの季節は、わずかな動きも見逃せない。
ランディリックがこの任に就いてから、目立った侵攻はない。
だが、それは危うい均衡が保たれているというだけの話だ。
静けさは、安寧を意味しない。
むしろ――嵐の前ほど、空は澄む。
ここのところ、自国の皇太子アレクトが、マーロケリー国の皇太子セレンと繋がって、何やら動いているのは知っていた。
先のデビュタントでの一見にしてもそう。
両者が、水面下で何かを進めているのは間違いない。
和平へ向けた動きである可能性は高い。
だが。
まだ、〝結ばれていない〟以上、何かが変わろうとしているこういう時期が、一番危ないとも思えた。
王都エスパハレから戻ってきてしばらく経つが、あれからアレクトの方から何か仕掛けてくる様子はない。
ランディリックは、ふと王都の夏に思いを馳せた。
ニンルシーラと違い、エスパハレの夏はねっとりと絡みつくような暑さを持っている。
石造りの街に熱がこもり、逃げ場を失った空気は濁り、淀む。
人も、権力も、感情もすべてが滞り、腐っていくかのような……そんな印象。
そして、そんな折のことだった。
王都から一通の〝報せ〟が届いた。
(弱っていたとは思っていたが……)
机の上に置かれた書簡へと視線を落とす。
ヴァン・エルダール城に届けられたそれは、執事セドリックによる選別ののち、早馬によってこの要塞まで運ばれてきたものだ。
封はすでに切られている。
内容は、簡潔だった。
コメント
1件
久々の更新嬉しい! ところでなんのお知らせだろう。