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本当武面の皮が一センチくらいありそう
そんなただの当てずっぽうな共感に、優斗はありがとうと笑ってみせた。
──本当に、コイツはいい奴だ。
「ところでこれ、マジで全部座敷わらしに関係してる本なのか? 妖怪の本なんて、子ども向けの本くらいだと思ってたんだけど……」
「研究者がいるくらいだから、むずかしい本も多いんだよ。勉強しろよな小説家志望」
「うぅ……やっぱ小説書くにも勉強って必要なんだろうなぁ……」
前に少しだけ物語を書いてみて分かったけど、頭の中でだけ考えた話は現実味がない。空想を書こうとしてるんだからそれでいいんだなんて開き直っても、読者は現実の人間だ。理屈で納得できない話は、やっぱり読む人に共感してもらえなかった。
この経験があったからこそ、俺はいろんなものを体験したくて、三科家に来たんだ。金持ちの家の人間関係、その家独自のしきたり、被災時の不安な気持ち、収穫は予想以上だ。
ただちゃんとした勉強も、やっぱり必要なんだろう。それだけはうんざりするとため息を吐いてしまったときに。
俺の腹が、またグゥと鳴った。
「あ……」
気まずかった。だって優斗も空腹のはずなのに、今までそんな素振りを見せていない。朝だってお湯を一杯飲んだきりだ。
育ち盛りの俺たちの体がメシを要求しないはずがないのに、優斗はたぶん、できるだけ空腹を忘れることにしているんだろう。
「……いいよ、遠慮しなくて。陸はうちと関係ないんだし、なんか食べた方がいい。ごめんな、一人で食べるのは味気ないかもしんない」
優斗はそう言って、少しだけ羨ましそうな顔をした。
大輔さんにお願いされなければ、俺はこそこそと、お菓子の一つでも食べてたんだろう。自分だけ空腹を紛らわしながら、口先だけで優斗に同調するフリをしていたかもしれない。
だけどこんな顔で我慢する優斗を見て、そんなことをする気にはならなかった。
「食べないよ」
「え」
「優斗が食べられるようになるまで、食べない」
「でも、」
「昨日あれだけ食ったんだからさ、一日や二日食わなくたって問題ないよ。食うなら一緒に食おう。そのために色々持ってきたんだから」
拳で肩を押した俺に、優斗は困ったように笑って、同じように肩を押した。少しカッコつけた言い方だったけど、優斗が笑ってくれて良かったと思う。
その後は二人で部屋に戻り、カードゲームで時間を潰した。ゲームで電気を使うのは、緊急時にふさわしくないと思えたからだ。
カードゲームも充分熱中できるし、熱中すれば時間も、空腹も忘れられる。
そんな俺たちが部屋を出たのは、母屋にいる武さんから呼び出しを受けたからだった。
もちろん呼ばれたのは俺たちだけじゃなく、三科家にいる全員だ。
誰も彼もが不満と困惑の顔で、広間に座り込んでいる。大輔さんも孝太さんも、武さんの顔は今はあまり見たくないのかもしれない。当たり前のように大おじさんの席に座っている武さんから、目をそらしたままだ。
葵さんや楓さんも、とても満足そうに中央の机に腰を下ろしている。まるで自分たちが新たなこの家の主人と言わんばかりの態度に、俺でさえいけ好かないものを感じた。
「あれだけ嫌っていた賢人にまで同席を許すとは、どういう風の吹き回しだ。まさか当主になったことで、おじさんを真似て賢人を迎え入れようと?」
心底馬鹿にしたように話す孝太さんの隣には、桜さんが困り顔で座っていた。
桜さんはさっきも、武さんじゃなく孝太さんについていた。朝起こしに行っていたことと関係あるんだろうか。
そんな俺たちの前で、武さんはやっぱり胸を張って口を開く。
「迎え入れるなんてとんでもない。ただ、座敷わらしについては一応専門家だろう? まだ解明には至ってないようだが、温情を与えつつ、監視下に置いてるだけだよ」
ここまでくると、言葉選びすべてが嫌味なのはちょっとした才能なのかもしれない。
自分で人から尊敬されるようなことをしたわけでもない、ただ跡を継いだだけの人が、なんでこんな偉そうにできるんだろう。
「今きみは監視下と言ったが、どういうことだい?」
口を開いたのは大輔さんだ。それをふふんと小馬鹿にしたように見返し、武さんはナルシストじみた動作で話し始めた。
「俺も少し考えたんだよ大輔くん。もし本当に座敷わらしの祟りがあるなら、これ以上被害者は出したくない。だが、今のように各自自宅に引き籠もっていたんじゃほら、なぁ。人の目がないのをいいことに、つい食事をとってしまう者もいるかもしれない。それを」
「ははっ。いの一番にしきたりを破った人間がそれを言うのか。笑える冗談だな!」
優斗の家族以外、三科家には嫌味の天才しかいないんじゃないだろうか。
さすがの武さんもこれにはムッとしたようで、すごい形相で睨みつけていた。桜さんはどちらの顔色も窺っている立場だ。少しかわいそうに思えてくる。
けれど武さんは腹立たしそうに、ふんと荒い鼻息を噴き出した。
「野次は議論の場に不要だ、誰も耳を貸さないように。──でだ。つまり誰も食事をとったりすることのないよう、母屋で、全員で、一晩過ごすことを提案したい」
この一言に、俺と優斗は思わず顔を見合わせた。さっきの孝太さんじゃないけど、どの口がそれを言うんだろうと思ってしまったわけだ。