禁止事項を率先して破った人たちが、破らなかった人たちを前にして監視を提案するなんて、よっぽど神経が図太くないと言えないと思う。
ただこれはきっと、優斗たちにとっては最良の提案でもあったわけだ。
なんせ一番危なっかしい人たちが、自分たちから相互監視を持ちかけたんだから。
──当然のように、孝太さんが乗った。
「滑稽と同時に素晴らしい提案だ武。お前の救いがたい棚上げ気質と楽天ぶりにはつねづね手を焼いてきたが、今日だけはそれに感謝したい。その提案、喜んで乗ってやろう」
「そりゃどうも。なぜだかまったく褒められた気はしないがね」
互いに目も合わせず、その日の予定が決定した。悲しいことに大輔さんと賢人さんには、選択肢そのものが与えられていないようだった。
それからは、なんとも言えない窮屈な時間が重なるばかりだ。
賢人さんは何冊かの本を持ち込んで部屋の隅で読みふけり、俺たちは白熱しきれないままカードゲームに時間を費やした。他の大人たちは、まるでクラスのカーストグループのように分かれて、チラチラと反目し合っているように見える。
人間は結局、大人になってもこんなことをし続けるものなんだと、目の当たりにさせられているようだ。いじめはダメだと言いながら、大人だっていじめをする。困ったときは協力をなんて言いながら、困ったときこそ、仲の悪さが表に出てくるのが現実だ。
やがてそんなギスギスとした空気に我慢できなくなったのか、武さんが声を上げた。
「これだけ蒸し暑くちゃ、寝てやり過ごすこともできない! まったく、この雨はいつまで続くつもりなんだ!!」
このイライラは、きっと空腹から来るものだ。家中で感じられるこの空気も、みんなが少しずつイラついているのもあるのかもしれない。だからこそ、それを抑えようともせず、すぐに表に出してしまう武さんの我慢のなさに嫌気が差した。
不意に、大輔さんが立ち上がる。
「じゃあせめて不快感だけでもなんとかしよう。体を洗えばマシになるかな」
「体を洗うって……井戸水で? でも汲んでる間に濡れちゃうよ」
大輔さんの提案に、優斗が不思議そうに首を傾いだ。それに、にっこりと笑顔が返る。
「井戸水なんていらないさ。天然のシャワーがあるだろ?」
「え、雨でってこと!? なんかこう、汚かったりとかしない?」
「降り始めの雨はあまり綺麗じゃないと言われるけど、これだけ降ってるからその点は大丈夫だ。目隠しにブルーシートを使えば、違和感なくシャワールームにできると思うよ」
それでも武さんはこの提案に、かなり不安を覚えたみたいだった。
「いくらなんでも不衛生じゃないか? ブルーシートで覆うと言っても、足元は……」
「足元なら玄関で流せばいいじゃない。戻るときに各自井戸水を汲んでくればいいのよ」
不満を漏らす武さんの言葉を遮ったのは、楓さんだった。
女の人はやっぱり身だしなみに気を遣うんだろうか。女性全員が、大輔さんの提案に興味を持った様子で目を輝かせていた。
「……桜たちがやってみたいと言うなら、協力しないわけにはいかないな」
孝太さんが立ち上がり、ふむとなにか考えこむ。やがて大輔さんと一緒に下着姿で外に出た二人は、しばらくしてずぶ濡れの状態で戻ってきた。
壁といくつかの物干し台を利用して、見事四つのシャワールームを作ったという二人を女性陣は拍手で迎え、いそいそと洗面用具を自宅まで取りに行く。
その間俺たちは全員分の布団を運び、優斗の自宅側にある和室に移動することになった。玄関から正面ホールにかけて、臨時脱衣所にすることになったからだ。
一人だけハブられた形になった武さんも、お姉さんたちにはやっぱり逆らえないらしい。気乗りしない様子で移動を始めた武さんを、孝太さんが鼻で笑っていた。
そんな中で、俺はこれまで一度も顔を上げずにいた賢人さんに近付いた。
ここではあっさりと書いたが、実際はそれなりにバタバタとした動きがあったのに、賢人さんが動く様子がないのが気になったわけだ。
「賢人さんも、移動できますか?」
「え?」
弾かれるように顔を上げた賢人さんが、目を白黒とさせながら俺を見た。
「あ、ごめん聞いてなかった。なに?」
どうやら本当に聞いていなかったらしい。……頭のいい人は、集中力も凄いんだろうか。
とにかく手短に話したほうがいいと思い、外にシャワーブースを作ったこと、女性陣が先に入浴すること、そのため俺たちは隣の和室に移動することを告げると、ようやく賢人さんはなるほどと頷いてくれた。
俺もいくつかの本を持ちながら話しかける。
「なにかいい情報、ありました?」
「うん? んー、むずかしいね。今読んでる郷土史が一番可能性は高いと思うんだけど、三科家の座敷わらしがいつ現れたか、義父さんも詳しく知らなかったから……」
「大まかには聞いてるんですか?」
「江戸時代とだけ、だね」
「……範囲広すぎじゃないですか」
歴史は得意じゃないけど、確か三百年くらいあったんじゃないか? 徳川三百年とか聞いたことがある。三百年分の郷土史があるかどうかは分からないけど、賢人さんの持っている本は薄い。紐で纏めてあって、なんというか、本屋で売っているような本じゃない。
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