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――エルドアーク宮殿――
※入口扉前荒野
「当主直属筆頭、この羅刹姫ルヅキ。本気でお相手しよう」
羅刹姫となったルヅキの姿。これまでの巫女装束の姿とは一転し、黒耀の甲冑を纏う女武士(もののふ)の姿だった。
ただ身軽さ重視なのか、その黒耀の甲冑は両肩と両手首、そして上胸部と両腰のみに装着。腰より下は従来の巫女の袴と変わらないが、甲冑部分以外は肌身を晒している。
そして、その象徴的なまでに長く直線的な黒髪が、風に靡いて煌めき揺らめいていた。
「凄い、綺麗……」
その姿に魅入られたかの様に、アミは思わず呟きを漏らす。
女性の目から見ても魅入られる程、羅刹姫としてのルヅキのその姿は、その羅刹という恐ろしい比喩に似つかわない程、だが相応しいまでの威厳と勇ましさ、そして美しさを醸し出していた。
「うん……。でも何よ、あの馬鹿でかい薙刀は!?」
ミオはルヅキが右手に持つ得物に驚嘆の声を上げるが、それもその筈。刃渡りが人の背丈をも凌駕する程の巨大な刃部分。細身のルヅキが持つには余りにも似つかわない程、その得物は規格外の巨大さを誇っていた。
その異常なまでの対比がまた、ルヅキの存在感をより一層際立たせていたのだった。
「いえ、あれは薙刀ではありません」
唯一ユキだけはルヅキの羅刹姫としての姿も、その規格外の得物にも乱される事無く、冷静な口調で思考し呟く。
「あれは……長巻」
「長巻? 何よそれ?」
聞き慣れぬその呼称に、ミオは即座に聞き返した。
“長巻”
元来薙刀は非力な女性でも扱える様に拵えられた、云わば護身用の武器。長巻は形状こそ薙刀に酷似しているが、その用途はまるで違う。
「扱うのも困難な程の重量。そして最強の斬撃力と、間合いの伸縮性を誇るのが長巻……」
合戦に於いて、馬ごと叩き斬るとされた“斬馬刀”に近い性質の武器だろう。
「さっ、最強って……」
淡々と説明するユキ。ミオは改めてルヅキを見直し、その規格外の武器に震撼する。
ユキはルヅキを見据え、戦略思考を施す。
“――それにしても規格外……。果たしてあれ程の長巻を扱えるものなのか?”
「アミ、ミオ。巻き込まれないよう、遠くに離れていてください」
ユキは二人に退避するよう促した。そしてそれは、決して手出し不要である事を。
「えっ!?」
「ミオ! ユキの言う通りよ。私達は邪魔にしかならないわ」
アミは戸惑うミオを連れて、大幅に距離を取っていく。
「ユキ……気をつけて」
下がりゆく最中、アミはその背中に声を掛けた。足手纏いにしかならない以上、出来る事は見届け、そして見守る事のみ。
“もし……もっと力があれば”
「大丈夫です。心配ありませんから」
アミの想いを汲み取るかの様に、そう笑顔で二人に振り返り、再びユキはルヅキと対峙する。
「良い判断だな。私達の闘いに於いては」
「ええ。お待たせして済みません」
ユキはルヅキの、その意図を汲み取っていた。彼女はこの状況になるまで、手を出す事無く待っていたのだから。
それは何人たりとも侵す事は出来ない尋常の勝負。
「いざ……」
ルヅキは手に持つその規格外の長巻を、ユキへ向けて斜に構える。
「尋常に……」
ユキもそれに応える様、刀の柄へ同時に手を添えた。
空気が張り詰めていく、二人だけの空間。
二人の闘いの火蓋が今、切って落とされようとしていた。