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トワは朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、体育館の脇に設けられたスタートラインの前に立った。頬をかすめる涼しい風に髪がそっと揺れ、その一本一本が光を受けて淡く輝いている。彼女の目は真っすぐ前を見つめ、緊張と期待が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。
そんなとき、ふと校舎の陰から気配を感じて視線を横にやると、そこにはかなたが少し控えめに、でも確かにこちらを見つめているのが見えた。
「かなた…?」 トワは思わず声を潜めてつぶやいた。まさかこんな早朝に、しかもこっそり自分のためにここに来ているとは思わなかったからだ。
かなたは気まずそうに目を伏せながらも、恥ずかしそうに小さく手を振った。
「お、おはよう、トワ。…ちょっと、応援に来ただけなんだ。別に大したことじゃないから」
その言葉とは裏腹に、顔は真っ赤になっていて、まるで子どものように落ち着かない様子だった。
「ありがとう、かなた。そんな風にこっそり来てくれてるなんて、全然知らなかったよ。嬉しいな」
トワは思わず微笑みを浮かべ、心の中がふわりと温かくなるのを感じた。
「でも、どうしてそんなにこっそりなんだよ。もっと堂々としてくれてもいいのに」
「うーん、いや、だって…」
かなたはもじもじしながら、少し間を置いてから、 「トワの邪魔になったら悪いし、あんまり目立ちたくなくて…」 と小声で言った。
トワはその照れくさそうな表情に笑いをこらえきれず、軽く肩をすくめた。
「そうかあ…でも、こうやって応援してもらえると心強いよ。あ、そろそろ準備しなきゃ」
かなたはうなずきながらも、なかなかその場を離れられずにいる。しばらくの間、ふたりは静かな朝の空気の中で見つめ合っていた。
「終わったら、またちゃんと話そうね」
トワは穏やかに告げると、かなたも笑顔で答えた。
「うん、絶対に楽しみにしてる」
そして、ふたりはそれぞれの時間へと戻っていった。トワはかなたの存在を感じながら、いつもより少し軽やかな足取りでスタートの合図を待った。
朝練が終わり、体育館の外に出ると、冷えた空気が肌を優しく包み込んだ。トワは軽く息を整えながら、汗で少し濡れた前髪をそっとかき上げる。身体は疲れているはずなのに、心はどこか清々しく満たされていた。
「お疲れさま、トワ。」かなたが少し照れくさそうに声をかける。
「お疲れさま、かなた。来てくれて本当にありがとう。おかげで頑張れたよ。」
トワの言葉に、かなたの顔がぱっと明るくなった。
「いや、そんな…ただ、応援したかっただけなんだ。トワが頑張ってるの見てると、僕も元気になるし。」
二人は少し照れながらも、自然に並んで歩き出す。朝の光はまだやわらかく、二人の影を長く伸ばしていた。
「朝練、楽しそうだったね。」
「うん。みんなと一緒に走るのも、声をかけ合うのも、やっぱり好きだなってね。」
かなたはそんなトワの横顔を見つめながら、心の中でそっと応援の気持ちを強める。
「これからも、無理しすぎずに頑張ろ。」
「うん、ありがとう。かなたもね。」
言葉は少なくても、そのやりとりには深い信頼と温かさが込められていた。二人はゆっくりと校舎へ戻りながら、これから始まる新しい一日に胸を膨らませていた。
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