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ふふ……我が名はツバキ。
かつて現世にて平穏を望み、
今は異界にて誤解を積み重ねる者。
我が言葉は剣となり、
沈黙は神託と誤認され、
中学英語は聖典に刻まれる。
これは宿命か。
それとも、世界の翻訳機が壊れているだけか。
……後者であってほしい。誰か助けて。お願い。
◇◇◇
オサカを発って、数日。
ローザが立ち寄る村ごとに勝手に祈り場を作るせいで、
私は“聖女”として演説させられていた。
「我が咆哮に応えし信者どもよ……
麦は焔の刻こそ至高 (アルティメット)!!」
(つまりパンは焼きたてがうめぇ)
聖女じゃないし、何を話せば良いか分からないので、大好きなパンについて演説をして凌いだ。
そして今、私はローザと共に、ナーラ方面へと続く街道を歩いていた。
空は高く、雲は穏やか。
関所という名の修羅場を越えた直後とは思えないほど、平和だ。
「聖女様」
ローザが、いつもの調子で切り出す。
「この先、ナーラの街には
“焼きそばパンを出すパン屋”があるそうです」
……。
「焼きそば……パン……
……焼きそばが入った瞬間、焔の刻が二重になる。つまり最高」
胸の奥で、何かが静かに共鳴した。
炭水化物と炭水化物。
理性が拒み、本能が肯定する禁忌の組み合わせ。
焼きそば?私と同じ元の世界の住人?
いや、それよりも──
「ふふ……
二つの主食を一つに束ねるとは……
さすが、文明の終着点……」
めちゃくちゃ食べたい。
「聖女様、すでに教典に
“二重主食は神を喜ばせる”と──」
「待て。
それはまだ書くなローザ
まだ何も分からない」
ローザは小声で「たしかに……流石です……」と言うと、
少し残念そうに頷いた。
その時だった。
地面を、影が走った。
「……?」
反射的に顔を上げる。
空を切る羽音。
重く、粘つく、不吉な音。
ローザの声が低くなる。
「……来ます」
次の瞬間。
空から降ってきたのは、
人一人を掴めそうな鉤爪を持つ、
巨大な鳥型モンスター──
《グレイヴクロウ》。
「でっか!!
いや、でかすぎない!?」
完全に、私を狙っている。
「聖女様、伏せて!」
「無理無理無理無理!!」
私は足をもつらせ、地面に転んだ。
──次の瞬間。
鉤爪が、私の頭上で止まった。
止まった、のではない。
ピカァァァァァ──!!
んビーーーーーー♡
私のつむじから、
天に向かって一直線の光が放たれた。
聖なる閃光。
空を裂き、雲を貫き、グレイヴクロウを直撃。
鳥は一瞬、白く燃え──
羽毛一つ残さず、消えた。
沈黙。
「……え?」
私は地面に座り込んだまま、
自分の頭を押さえた。
「……今の、なに?」
ローザは、ゆっくりと跪いた。
感極まった声で。
「……聖女様」
「やめて。今は何も言わないで」
「神は……
最も天に近い部位を選ばれた」
「だから何も言わないで!!」
*
その直後。
テレレレッテッテッテー♪
【ツバキのレベルが上がりました】
「ひぃっ!?
やだやだやだ!!
次どこ!?
口!? 口からビームはいやあああああ!!」
【新スキルを検出中……】
「検出するな!!
私は何も望んでない!!」
【ホーリービーム(口)を……】
「やめてッ!!」
【……習得しませんでした】
「ざけんな!!良かった!!」
【代替スキルを検出】
「代替って何!?」
【ホーリービーム(つむじ)を……】
「つむじ!?!?」
【……習得しました】
沈黙。
私はゆっくりローザを見た。
「……予想もしない対空ビーム!?」
ローザはすでに手帳を開いている。
「追記します」
「早い!!」
「『聖女、冠より天を裁く』」
「お願いだからひとりにして!!」
通りすがりの旅人親子が、私の頭を見て小さく呟いた。
「……あの人……さっき頭から光が……
そして、モンスターを一瞬で……あぁ、神よ!!」
そして祈りだした。
「貴方も今日からカメリア教信徒です」
すかさず聖典を配るローザ。
「早いな!?見習いたくない!!」
私のツッコミも虚しく、旅人が聖典を開いて、読み始めた。
「『プリンは飲み物』……『匙を投げるな。匙を持った時点で、死罪』……」
「よりによってそこ!!」
思わず叫んだ、その時だった。
旅人の父親が、聖典を読みながら首を傾げた。
「……あの、
『プリンは飲み物。理解できないものは裁きにあう』
って……理解できないんですが……」
「正常!! 貴方は正常です!!」
旅人に握手を求めたい。ハグしたい。
すると、ローザが即座に聖典を取り上げた。
「まだ、その境地には達しておられないようですね」
「え、いや、普通に考えて──」
キョトンとする旅人。
「次の章を読んでください。
『匙を投げるな』の項です」
ローザから嫌なオーラ。
「いや、だから──」
困惑する旅人。
「異端だァァァ!!」
ピーーーーー!!
ローザが叫ぶと同時に笛を吹いた。
どこに持ってたんだ、その笛。
あと、モンスターとか来そうだからヤメロ。
──そして。
「貴様ァッ! 聖女様をバカにしてるのか!!」
ドゴッ! バキッ!
ローザが分厚い聖典の角で殴打する音が響く。
「痛ッ!! してません! してません!
助けて!! 聖職者が殴って!?
この人、私の話聞いて!!」
(もう好きにして)
そんなカオスな中、旅人の子供が、
恐る恐るこちらに近寄ってきた。
私のフードと包帯を見上げて、少し首を傾げる。
「おもろい漫才中やけど、
お姉ちゃん……あめちゃんあげるから、元気出して?」
そう言って、小さな手を伸ばしてきた。
(漫才!?笑いの国!?)
掌に乗せられたのは、包み紙にくるまれた飴玉だった。
赤くて、丸くて、やたらと普通のやつ。
「……」
一瞬、言葉が出なかった。
頭からビームが出る女に。
国家機密 (誤解)を背負った女に。
聖女 (自称)に。
この世界で、いちばん正しい距離感で
接してきたのが、この子だった。
「……ありがとう」
私は、そっと飴を受け取った。
子供が、にっこり笑った。
「包帯、痛そうだから……
甘いの食べたら、元気出るよ!」
「……うん。ありがとう」
(痛くないんだけど……でも、嬉しい)
ローザが、横で静かに頷く。
「やはり……。
信仰の原点は、慈悲なのですね」
「感動を台無しにするな」
◇◇◇
私はフードを深く被り直した。
「……もう飛ぶな……私の上を飛ぶな……」
「ご安心ください、聖女様」
ローザは微笑む。
「空を制するのは、常に聖女様です」
「制したくない!!」
◇◇◇
こうして私は。
焼きそばパンを求める巡礼の途中で、
鳥に狙われ、
頭頂部が覚醒するという
最悪の進化を遂げた。
道中では、
石や草と会話する草さんという人の噂も耳にした。
……知らない。
私は何も知らない。
今日も私は、フードを深く被って歩く。
空を警戒しながら。
つむじを押さえながら。
やがて──ナーラの街が見えてきた。
(つづく)