テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「エスト様! エスト様! しっかりしてください!」
私は瀕死のエスト様を背負い、ダンジョンを走っていた。
どれくらい走っただろう。
もう時間も方向も分からない。
足を動かしているのは焦りだけで、
暗闇をさまよう夢の中のように、ただ走っていた。
「ああ……私のせいだ……エスト様!」
返事はない。
息が、喉に刺さる。
足が重い。
でも、止まれない。
「もう少し……もう少しですよ!
どうか、頑張って……!」
背中から返事がない。
小さな体が、やけに軽い。
その軽さが、恐ろしい。
(……なんで、こんなことに……)
(……くそ!あの時、私が……)
──話は少し遡る。
◇◇◇
「チクセウ……チクセウ……
あのトカゲめ……チクセウ……」
ドラゴンに敗北し、
ホームの魔王の間に戻った私は、お酒に逃げていた。
テーブルには空き瓶が転がり、
私はその隣で椅子にもたれかかっている。
「お姉ちゃん!?
そのお酒! ……鬼ころし!?」
エスト様が、二度見した。
「ど、どこにあったの!?
……お、鬼が鬼ころしを飲んでる……」
「黙りゃッ! 小娘がッ!」
私はテーブルに空き瓶をガンッ!と叩きつけた。
中身はもう空。
「ひっ……」
エスト様が後ずさる。
「……私は……悲しいんだよ……」
椅子から半分ずり落ちながら、涙と鼻水で顔ぐしゃぐしゃ。
「女の子がそんな顔しちゃダメだよ?」
「異世界に転生して鬼になってるわ……」
角を指差して「見ろよこれぇ!」と叫んで、グラグラ揺れて倒れかける。
「……」
エスト様が沈黙。
「貧乳のままだわ……」
胸をペタペタ押さえて、目をそらす。
「……」
エスト様が目を泳がせる。
「ドラゴンに負けるわ……」
机に突っ伏してバンバン叩きながら泣き叫ぶ。
「……面白い」
エスト様が小声で呟いた。
「哺乳類ですらなくなるわ……」
床に転がってジタバタ、靴が片方すっ飛ぶ。
「あ」
エスト様の視線が、飛んで行く靴を追う。
「はっ!? あはは……! あははははは!」
いきなり起き上がり、ピースサインを振り回す。
「あーっはははー……んー……」
最後は盛大にゲラ笑いしながら、そのまま机に顔面ダイブ。
スーッと寝息を立てた。
「情緒が仕事してない!」
エスト様が叫んだ。
──その時だった。
突然ガバーーーッ!
「……ん……あぁッ!!!」
私は突然起き上がり、エスト様の紅の瞳を真正面から見据えた。
「ひぃッ」
エスト様が反射的に一歩下がる。
「エスト様……私はとんでもない事に気付きました!」
「酒くさッ!」
「これは大発見です! いいですか?」
「来るな! 酒くさッ!」
「私の《スキル:暴食》……これで様々な生物のスキルを食べて習得していけば……」
「う、うん……」
「……ん? スキルというか特性だよね……スキルって言うな。イライラする……クソがぁーーーーーッ!!!」
「お姉ちゃん! 女の人がそんな言葉使っちゃダメ!」
「……あれ何の話だっけ? ……あぁ。そうそう!」
「めんどくさい!!」
「このまま行けば!憧れの【究極生命体(アルティミット・シイング)】になれる可能性があるのです!!!」
「お姉ちゃん、な、何を言ってるの?」
「具体的に言うと、溶岩の中でも生きてられます。」
私は最高のドヤ顔をした。
さらに、めちゃくちゃ関節を曲げた奇妙なポーズをとった。
「なんか凄いこと言ってるけど頭に入って来ない!
あと、そのポーズ!腰いわすよ!?」
「……」
私は真顔で、奇妙なポーズのまま見つめ返した。
「ひいッ」
エスト様は反射的に一歩下がった。
「フフフ……ウィンウィンウィン……」
私はどこかで聞いた“足をスルスルする音”を、口で鳴らした。
「その効果音怖いよ!」
「……でもね……宇宙空間だけは無理なの……ぅぅぅ……凍るの……宇宙では凍るのよ……考えるのをやめたくなるの……よぅ……」
「お姉ちゃんーーーッ!?」
「なんかさ……“お姉ちゃん”って、
ちょっとだけ……あったかいんだよね……
名前じゃなくても……誰かに呼ばれるのって……
いいな……私は……ここに居るんだな……
家族……って……うーん……Zzz……」
ここで私の記憶が飛んでいる。
◇◇◇
──翌朝。
サクラは机に顔面ダイブしたまま、すぅすぅと寝息を立てていた。
頬に少し涙の跡、口元には泡。
全力で笑って泣いたあとの、ぐちゃぐちゃな寝顔。
「もう……」
エストは苦笑しながら、棚の奥からそっと布団を取り出すと、静かにサクラの背中へとかけた。
「お姉ちゃんは……強いのに、弱いとこもいっぱいあるね」
その寝顔を、エストはしばらくじっと見つめる。
「……これじゃ魔王失格だよ。守られてばっかりで……」
唇を噛みしめて、視線を決意に変えた。
「……お姉ちゃんは、私のために必死に頑張ってくれてる」
拳をぎゅっと握る音がした。
「……私だって、守られてばかりじゃいけない」
拳が、わずかに震えた。
「お姉ちゃんに頼ってばかりじゃ、魔王になれない!」
小さな肩を震わせながら、それでも前を見据えるように。
「私が、もっと強くならなきゃ……」
「お姉ちゃんを、守れるくらいには……」
ほんの少し震えた指で、テーブルに突っ伏したままのサクラの髪をそっと払う。
「……いてくれて、ありがとうね」
「名前を呼んでくれて……ありがとね」
ぽつりと、誰にも聞こえないように呟いた。
──サクラは「ぐごぉ……」と寝返りを打ち、机から転げ落ちる。
「!? お姉ちゃん!? ……寝てるだけかぁ……」
慌てて抱き起こす。ちょっと安堵の笑み。
そして、机に置き手紙を残すと、音を立てないように部屋を後にした。
◇◇◇
「はッ!? ……エスト様? ……うぅ……頭痛い……」
翌朝、目を覚ますとエスト様の姿がなかった。
酷い二日酔いの頭で部屋を見渡すと、机の上に書き置きが残されていた。
【お姉ちゃんがポンコツになってるので、
1人でレベル上げをしてきます。
私も早く魔王らしく強くならないと!
心配しないでね☆
追伸:
オヤツは棚にあります。
私の分は食べちゃダメよ?
ちゃんと、残しといてね☆
それから──
お姉ちゃんのこと、べべ、別に特別だとか!?
お、思ってないんだからねっ!?
……でも、ありがとう。いつも。エストより】
「バカか……ツンデレ属性まで会得したのか……?」
それでも、胸の奥があったかい。
「……でも、ありがと。“お姉ちゃん”……呼んでくれて、ありがとな……」
涙が出そうだった。
私は棚のオヤツのお饅頭2人分を口に含んだ。
──甘さが喉に落ちる。現実が戻る。
(あ、やべ。全部食った)
そして、すぐにハッと我に返る。
「エスト様!?」
た、たた大変だ!
あの子……バカなのに!? ポンコツなのに!?
すぐさまエスト様を探しに走り出した。
心臓が壊れそうなくらい早鐘を打つ。
息が苦しい。
それでも私は走るのをやめなかった。
また失うのは嫌だ。あの朝みたいに、もう二度と冷たい手は握りたくない。
お願い……お願いだから無事でいて……! エスト様……!
◇◇◇
しばらく走ると、
エスト様とモンスターが対峙しているのが見えた。
どうやらエスト様が優勢のようだった。
「えいっ! ……ダークアロー!」
見事な杖さばき。
あの子は、ちゃんと強くなっている──!
「あぁ! エスト様! 良かった……勝てそうね……」
──だが、そのとき。
「あっ! 危ない!」
倒したモンスターの陰から、別のモンスターが飛び出した。
経験不足──エスト様は気づいていない!
「ガァァッ!!」
「きゃッ!?」
エスト様は杖で防ごうとしたが、筋力差がありすぎた。
熊型モンスターの一撃は、
杖ごとエスト様を弾き飛ばし、壁に叩きつけた。
ドガァァン!!
「……あ……ぅ……」
エスト様が崩れ落ちる。
「エスト様ーーーーーッ!!!!!」
私は駆け寄り、モンスター達をドラゴン・スクリューで瞬殺。
「エスト様! エスト様!」
「……良かった。生きてる!!
でも……傷が深い……どうすれば……?」
「わからない。……ダメ。諦めるな。考えろ」
考えろ。
気を失っているエスト様を強く抱きかかえ、考えを巡らせた。
脳裏にムダ様の言葉が過ぎる──。
『立ち止まるのは罪じゃない。
立ち止まって、それでも進む理由を思い出せ。
俺はいま、新宿駅で立ち止まってる。
進む理由は──試合に遅刻しそうだからだ』
沈黙。
ムダ様……新宿駅苦手すぎ……。
「いや、今はムダ様どころじゃない!」
守るって言ったのに。私が全部やるって言ったのに──。
私のせいで……傷ついた──。
誰か……誰か、助けてくれる人は……。
「そうだ……アイツなら、分かるかもしれない……!」
「エスト様を助けてくれるかもしれない……!」
唇を噛みしめる。
「行くしかない!」
血の味。
──走れ。
迷っている暇なんてない──守るべきものがいるのだから。
誰もいない世界でも……この子だけは、“お姉ちゃん”って呼んでくれる。
それだけで、私は──もう一度、走れる。戦える。
私はエスト様を背負い、ドラゴンの広間へと走り出した。
心臓が、早鐘。
息が、足りない。
でも、足は止まらない。
今度こそ守る。
あの子が笑う未来を。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『立ち止まるのは罪じゃない。
立ち止まって、それでも進む理由を思い出せ。
俺はいま、新宿駅で立ち止まってる。
進む理由は──試合に遅刻しそうだからだ』
解説:
ムダ様は人生を「遅刻寸前の朝」として生きている。
人はいつだって、格好つけた動機よりも、
「今ヤバいから走る」の方がずっと速い。
ムダ様は今日も走る。
理想を追ってではなく、集合時間を追って。
そうしてまた新宿駅で迷う。
それでも彼は言う──
「走ってるうちは、まだ遅刻じゃねぇ」と。
このあと、遅刻してめっちゃ怒られた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!