コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
5話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
2人の初デートです。
ちょっと長いです。
デート当日。
集合場所にしていた駅前には、すでにレトルトの姿があった。
集合時間の30分も前。
そわそわと落ち着かない様子で時計を見上げたり、通りを行き交う人々を何度も目で追ったりしている。
昨夜は楽しみすぎてほとんど眠れなかった。
そのせいで少しだけ目の下にクマができているけれど、そんなことは気にならない。
朝、牛沢に「大事な日だからな」と言われて、髪の毛を丁寧にセットしてもらった。
いつもの病院着姿のレトルトとはまるで別人。
ふわりと風に揺れる髪、シンプルなのに大人っぽく見えるコーディネート。
通り過ぎる人が思わず振り返るほど、レトルトの姿は眩しく輝いている様だった。
『レトさん?』
後ろから聞き慣れた声がして、レトルトが振り向く。
そこには、少し緊張したような表情のキヨが立っていた。
けれど――レトルトの姿を目にした瞬間、キヨは息をのんだ。
いつもの入院着でも、ふわっとした寝癖のままでもない。
今日は、髪も整っていて、服も街に溶け込むくらいおしゃれで。
それなのに、どこかレトルトらしい柔らかさがあって――。
『……レトさん、かっこいい』
ぽつりと漏れたキヨの言葉に、レトルトは思わず顔を赤くする。
キヨも自分が言ってしまったことに気づき、耳まで真っ赤になる。
『な、なんか……いつもと雰囲気、全然違う。レトさん、すごい似合ってる』
「ふふ、ありがと。キヨくんとのデートだから頑張ってみたんやで。」
二人の間に、少し照れくさい沈黙が流れる。
けれどその沈黙は、どこか心地よくて。
お互いを褒め合って、どちらからともなく照れ笑いがこぼれた。
『……レトさんのほうが、やっぱり大人っぽくてずるい』
「そ、そんなことないよ。キヨくんも今日、すごくかっこいい….」
お互い顔を真っ赤にしながら視線を逸らす。
『――さ! 行こっか!』
キヨが声を弾ませ、勢いよく歩き出す。
その手が、自然とレトルトの指先を探し当てるように伸びてきた。
あたたかくて、力強くて、どこか不器用なその手。
レトルトは一瞬びっくりしたけど、すぐにぎゅっと握り返した。
キヨの隣を歩くたびに、手のひらから伝わる鼓動がくすぐったくて、
レトルトの胸の中は、まるで春風みたいにふわふわと弾んでいた。
――“キヨくんが、手を繋いでくれた”
それだけで、今日が特別な一日になる気がした。
『まずは腹ごしらえだな!』
そう言ってキヨが元気よく連れて行ってくれたのは、
大通りの角にあるガラス張りのオシャレなハンバーガー屋さんだった。
店内に入ると、ふわっと香ばしい肉の匂いと焼き立てパンの甘い香り。
テーブルに運ばれてきたハンバーガーは、レトルトの顔ほどもある高さで、
ふわふわのバンズの間には、分厚いパティにチーズ、レタス、トマト、ベーコン、
そしてとろけたソースがたっぷりと挟まっていた。
「すご……テレビでしか見たことないやつや……!」
思わず感嘆の声を漏らすレトルトの目は、まるで子供のようにキラキラと輝いていた。
そんなレトルトの反応に、キヨは得意げに胸を張る。
『だろ? ここのハンバーガー、行列できるんだよ! レトさん、こういうの好きだと思って!』
「うん!……すごくいい匂い!美味しそう!」
レトルトがそっと手を合わせて、「いただきます」と微笑む。
テーブルの上には、笑ってしまうほど高く積み上がったハンバーガー。
どこから食べればいいのか分からず、2人して顔を見合わせて笑う。
『これ、倒れんじゃね?』
キヨが言って、レトルトは肩を揺らして笑った。
夢中でかぶりつくキヨを横目に、レトルトはふと目を細める。
キヨの口の横、ほんの少しだけソースがついていた。
「……キヨくん、ついてるよ」
そう言って、レトルトは軽く手を伸ばした。
人差し指でそっと拭い、そのまま、何の気なしにぺろっと舐める。
――瞬間。
キヨの手が止まった。
『ちょっ……今の、反則だろ』
キヨは顔を赤くして俯いてしまう。
レトルトは、ハッとしたように顔を赤くして「ご、ごめんごめん」と慌てる。
キヨは視線を逸らしたまた、どこか照れたように笑った。
『そういうの、無意識でやるの……ずるいって』
小声で呟いたふざけたような声に混じる本音。
レトルトの心臓も、同じように跳ねた。
お腹がいっぱいになった2人は、店を出ると自然にまた手を繋いだ。
風が心地よく、指先から伝わるぬくもりが、食後の満足感をさらにやさしく包み込む。
「次はどこに行くの?」
レトルトが見上げるように聞くと、キヨは口の端を上げて言った。
『内緒〜』
その一言に、レトルトは小さく笑って首をかしげる。
どこかへ連れていかれるこの感じが、くすぐったくて嬉しい。
レトルトは右を見ては「わぁ…」、左を見ては「すごい…」と、
まるで子どものようにはしゃいでいた。
行き交う人の声、雑貨屋のショーウィンドウ、
風に揺れる街路樹の音——その全部が新鮮で、眩しい。
そんなレトルトの様子を横で見ながら、キヨはつい口元を緩める。
『レトさん、楽しい?』
呼びかける声には、優しい笑いが混じっていた。
レトルトはパッと振り向いて、満面の笑みで答える。
「うん!楽しい!」
その笑顔があまりにも純粋で、まっすぐで、
キヨの胸の奥がきゅっと鳴った。
思わず視線を逸らして、「そっか」と照れ隠しのように呟いた。
ずっと病室の白い天井ばかり見ていたレトルトには、
そのすべてがまるで映画みたいにきらめいて見えた。
そして、2人がたどり着いたのは映画館だった。
「えっ……ここ?」と驚くレトルトに、
キヨは少し得意げに笑ってチケットを見せる。
『レトさんが読んでた本、映画化されたってテレビでいっててさ!
公開ちょうど今日からなんだ。これはもう行くしかないなって』
レトルトの目が大きく見開かれ、
すぐにその瞳が嬉しそうに揺れた。
「……覚えててくれたの?」
キヨは照れくさそうに頭をかく。
『そりゃ、レトさんが夢中で話してたからな。
俺は全然本読まないけど、楽しそうだったのは覚えてる』
レトルトは唇を噛みしめるようにして笑い、
胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
——この人は、ちゃんと見てくれてる。
そんな小さな気づきが、何より嬉しかった。
「ありがとう、キヨくん」
その声が少し震えていて、
キヨは照れ隠しのように「ほら、行こうぜ!」と前を向いた。
手を引かれながら、レトルトは小さく笑ってついていった。
映画館の暗闇の中、スクリーンに映るサスペンスホラーの緊張感が二人を包む。
ところどころで小さく息を漏らすレトルトの横顔に、キヨはそっと視線を向ける。
『…レトさん、可愛いなぁ』
心の中で微笑みながらも、キヨの手は自然とレトルトの手に触れる。
やがてクライマックスのシーン。思わず息をのむレトルト。
画面のびっくりするシーンに、レトルトが小さな声を漏らす。
「ひゃっ……!」
その無意識の反応に、キヨの心はふわりと揺れた。
映画に集中しなきゃ、と自分に言い聞かせながらも、つい横をチラリと見る。
びっくして目を大きく見開くレトルトの姿が、あまりにも可愛くて、キヨはスクリーンの物語が全然頭が入らなかった。
小さく震える手をそっと握り返しながら、キヨの心はすでに隣のレトルトにだけに向かっていた。
映画館を出た二人は、少し歩いてカフェへ入った。
普段は穏やかで控えめなレトルトが、今日は目を輝かせ、身振り手振りを交えながら怒涛の勢いで感想を話している。
「もうね、あのシーン、本当にびっくりした!あそこで主人公が……」
『うんうん、わかる!』
キヨはいつものレトルトの声とは違う熱量に驚きつつも、隣でニコニコ聞き役に回る。
心の中では少し嬉しかった。こんなに楽しそうに話すレトルトを、独り占めしているみたいで、胸が温かくなるのを感じた。
ひとしきり感想を語り終えたレトルトは、大きく息をつき、少し照れくさそうにキヨの目をまっすぐ見た。
「ありがとう、キヨくん……こんなに楽しいのは初めてや」
キヨはにっこり笑いながら、そっとレトルトの手を引いた。
『レトさん!まだまだこれからだよ!』
二人はカフェを出て、手を繋いだまま歩き出す。
最初はぎこちなかった手つなぎも、今では自然と手を握り合い、二人で歩くのが当たり前になっていた。
肩を寄せ合い、時折笑い合いながら歩くその姿は、まるで長い時間をかけて育んだ小さな秘密のように、穏やかで温かかった。
「次はどこに行くの?」とレトルトが楽しそうに尋ねる。
『内緒〜』
とキヨの答えはいたずらっぽく、小さな秘密を守るように答えた。
レトルトは少し悔しそうにふくれたけれど、その目は期待で輝いていた。
街の景色が二人の笑い声に溶け込み、週末の特別な時間はまだまだ続く予感に満ちていた。
続く