コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
6話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
今回もとても長いです。
次に二人がたどり着いたのは水族館だった。
以前、病院の待合にある小さな水槽で熱心に魚を眺めていたレトルト。
『レトさん、魚すきなの?』
「うん。きらきらしてて綺麗だなって。俺もこんな風に泳げたらいいなぁ…』
そんな会話をした覚えがあった。
今日はここで喜ぶ顔をもっと見たいと選んだのだった。
レトルトは大きな水槽の前で目を輝かせ、色とりどりの魚たちに夢中になる。
その無邪気な姿を見て、キヨは思わず微笑む。
色とりどりの魚たちを見て、レトルトは大はしゃぎだった。
──薄暗い照明の中、青い光がゆらめいていた。
水槽の向こうを、群れになった魚たちが静かに泳いでいく。
レトルトはその幻想的な光景に目を奪われていた。まるで、現実と夢の境目を歩いているようだった。
「すごい……」
思わず漏れた小さな声に、キヨはくすっと笑う。
『レトさん、そんなに近づいたらガラスにぶつかるよ』
レトルトは頬を染め、少しだけ後ずさる。
でもその視線はまだ、揺れる光の中に捕らわれたままだった。
キヨはそんなレトルトの横顔を見つめながら、ふとスマホを取り出した。
ガラスに手をついて魚を見上げるレトルトの姿が、あまりにも綺麗だったから。
『……レトさん、綺麗だ』
小さく呟いて、こっそりシャッターを切る。
光に透ける髪、真剣な瞳、楽しそうに動く指先――すべてが、キヨの胸に焼き付く瞬間だった。
大きな水槽の前で、ガラスに手をつきながら中を見上げるその姿は、あまりにも美しく、キヨは思わずこっそり写真を撮った。
いろんな魚たちを眺めて回る中で、レトルトがいちばんテンションを上げたのは――まさかのカニのコーナーだった。
ガラスの向こうでゆっくり動く大きなカニを見つけた瞬間、レトルトは子どものように目を輝かせて叫ぶ。
「キヨくん!見てよ!みてー!」
そのはしゃぎっぷりに周りの親子も思わず振り返るほど。
「強そうだし、美味しそう!」と真顔で言うレトルトに、キヨは吹き出した。
『え、美味しそうって!レトさん、それ鑑賞する側の感想じゃないから!』
笑いながら肩を震わせるキヨと、悪びれもなくカニに手を振るレトルト。
そんな他愛のないやり取りが、キヨにはたまらなく愛しかった。
水族館をひとしきり見た後、 少し疲れた2人。
「ちょっと休憩しよっか」とベンチに腰を下ろすと、キヨが立ち上がった。
『何か飲み物買ってくるね。レトさんはここで待ってて』
レトルトはうなずいて、ベンチに深く背を預ける。
夕焼けに染まる空はどこまでも柔らかく、オレンジ色がゆっくりと滲んでいく。
(キヨくんと、こんな日が来るなんてな……)
ずっと、ひとりで生きていくんだと思っていた。
誰かに心を開くなんて、もう二度とできないと思っていた。
けれど、あの日。
まるで眩しい光みたいにキヨが現れて——
気づけば、閉ざしていた心の扉の隙間から、彼がすっと入り込んできた。
笑って、泣いて、嫉妬して。
少しくすぐったくて、でも幸せで。
まるで止まっていた時間が、再び動き出したようだった。
「こんな気持ちになれる日が来るなんて、思ってなかったな……」
小さく呟いた言葉は、夕焼けに溶けて消えた。
でもその胸の奥には確かに、温かい何かが息づいていた。
——レトルトは、キヨと出会ってから確かに変わった。
もう“ひとり”ではなくなった。
病室の天井を見上げていたあの日々が、ずっと昔のことのように思えた。
風に揺れる木々の音と、遠くで響く子どもの笑い声。
レトルトはその全部を、幸せの一部みたいに感じながら目を細めた。
キヨが飲み物を手にもどってきた。
冷たい飲み物と——もうひとつ、小さな紙袋。
『レトさん、これ。』
そう言って差し出された袋を受け取ると、中にはさっきお土産コーナーでレトルトが名残惜しそうに眺めていたカニのキーホルダーが入っていた。
「えっ……これ……」
驚いて顔を上げるレトルトに、キヨは得意げな笑みを浮かべる。
『さっき、これ見てたよね? 俺とお揃い。』
そう言って、自分のカバンにつけられた同じキーホルダーを見せるキヨ。
その顔はまるでプレゼントを渡す子供のように無邪気で、嬉しそうで、
レトルトは胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ありがとう……もう、ほんとキヨくんって……最高」
言葉の続きを照れ隠しの笑いでごまかしながら、
レトルトはそっと自分のバッグにもカニのキーホルダーをつけた。
小さなカニが、2人の手の中で夕日に照らされてキラキラと光っていた。
静かな海辺のベンチ。 青から朱に染まった空。
潮風が髪を揺らし、世界がゆっくりと静まり返るその中で、
キヨとレトルトは肩を並べ、そっと手を繋いでいた。
指先から伝わるぬくもりが、言葉よりも確かに心を結んでいる。
少しの沈黙のあと、レトルトが小さく息を吸って呟いた。
「キヨくんに出逢えて、本当に良かった。……キヨくんのことが、本当に好きだよ。」
その声は震えていたけれど、真っすぐで優しかった。
キヨはゆっくりと顔を向け、
その瞳の奥に映る自分を見つめながら、静かに頷いた。
『……俺も、レトさんが好きだ。
こんなに人を好きになったの、初めてだよ。』
視線が交わり、心が重なり、
夕陽の光が2人を包み込む。
レトルトの頬を伝う風。キヨの指がそっとその髪を撫でる。
そして、自然に唇が触れ合った。
それは熱く、やさしく、どこまでも穏やかなキスだった。
まるで夕暮れの光が祝福するように、
2人の影は一つに溶けていった。
すっかり日も落ち、街の灯りが少しずつ夜の色に染まっていく。
空は群青から濃い藍へ、そして静かに星が瞬きはじめた。
そろそろ帰ろうか——そんな空気の中、
キヨがふいに立ち止まって、レトルトの手を引いた。
『レトさん、あともうひとつ。』
そう言って指を差した先にあったのは、
水族館のすぐ隣にそびえる、大きな観覧車。
無数の光をまとって、夜空の中でゆっくりと回っていた。
「えっ……観覧車?」
レトルトの目が一気に輝く。
「乗るの初めて!」と、まるで子どものようにはしゃぐ声に、
キヨは思わず笑ってしまう。
『じゃあ決まり。最後のデートは、あれな!』
チケットを買って並ぶキヨの横で、
レトルトは落ち着かない様子でそわそわと足を揺らしている。
観覧車のゴンドラは、静かに夜の空をゆっくりと進んでいく。
窓の外には、無数の光が宝石みたいに瞬いていた。
「うわぁ……見て、キヨくん!凄く遠くまで見えるで!」
レトルトは子どものように身を乗り出して、指を伸ばす。
その横顔が、夜景よりもずっと眩しく見えて、キヨは息をのんだ。
『……レトさん。』
呼びかける声は、いつもより低く、柔らかかった。
レトルトが振り向くと、キヨの手がそっと頬に添えられる。
その掌の温かさに、レトルトの心臓がまた跳ねた。
『レトさん、これからも……ずっと、一緒にいて。』
言葉と同時に、キヨの瞳がまっすぐに自分を射抜く。
逃げられない。いや、逃げたくない。
「……うん。」
レトルトが小さく頷くと、キヨはゆっくりと顔を近づけた。
街の光が二人の輪郭をやさしく縁取る。
唇が触れ合った瞬間、観覧車のてっぺんで時が止まったように感じた。
観覧車を降りたあとも、レトルトの鼓動はまだ落ち着かないままだった。
胸の奥がぽかぽかして、少し歩くたびにその温もりがこぼれそうになる。
『ん〜、夜ごはん、どうしよっかなぁ。』
レトルトの手を握りながらキヨがふと呟く。
レトルトは隣で、少し迷うように足を止めた。
唇をぎゅっと結んで、恥ずかしそうに顔を上げた。
「……ピザ、食べてみたい。」
『ピザ?』
キヨが目を丸くする。
「う、うん……。実は……食べたこと、ないねん」
『え、マジで?デリバリーも?』
「ない……。ずっと気になってたけど、なんかひとりで頼むの怖くて。」
そう言って頬を赤らめてもじもじと指先で袖をいじる。
キヨは思わず笑って、レトルトの頭を軽く撫でた。
『じゃあ、俺と一緒に初ピザ、体験してみる?』
「……いいの?」
『もちろん。レトさんの“初めて”は、俺が見てたい。』
レトルトは耳まで真っ赤になる。
俯いたまま、でも口元には抑えきれない笑みが浮かんでいた。
「……じゃあ、うちで……頼んでみよっかな」
『よし!決まりだな。』
夜風に吹かれながら、二人は並んで歩き出す。
観覧車の光が遠ざかっていく背後で、
レトルトの心臓はまだ熱く高鳴っていた。
続く