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「それにしても、ヘンな薬ばっかりなんだよねぇ」


篠上さんと暮らすようになって、今日で一週間。

薬の入ったビンが並んだ、大きな薬棚。それを毎日掃除したり、柴犬二匹の散歩をするのだけが、今現在の私のお仕事だ。


お客さんは、今のところナシ。今日だけじゃなくて、昨日も、一昨日も。


だから朝から晩まで、私は棚を拭いたり、ビンを磨いたり、二匹におねだりされるままお散歩してすごしてる。なんだかちょっと、田舎のおばあちゃんみたいな暮らしだななんて思い始めてきた。


それでも、ビンを磨いている効果は少しあるのかもしれない。

なんとなくだけど、この棚にはこんな効き目が書かれた薬が置かれてる、くらいのことは覚えられてきた。


例えば、気分を軽くする薬

いい夢を見られる薬

傷口をずっときれいにしておく薬

敵に見つからない薬

それに、しばらく万全でいられる薬


今日もビンをピカピカに磨きながら、うーんとその効き目に首をかしげる。


「最初の二つはまだわかるわよ。だけど、この三つはなんなの? 敵に見つからないって意味がそもそもよくわかんないし……」


私のひざにアゴを乗せていた柴犬たちが、わふっと鳴いた。


茶色い子はシャバラ、黒い子はシュヤーマって名前だ。どっちも人懐っこくて、今までペットを飼ったことのなかった私に、すっかり柴犬愛を刷りこんでしまった。


「シャバラのほっぺたはモフモフで気持ちいいねぇー! シュヤーマのお尻尾も元気でまんまるだねぇー!」


学校にも行かずに、わんこをモフモフしているだけでいいのかな。

なんて、最初はちょっとは思ったくらいだ。


だけどなぜか宿題は出されるし、それを解けるくらいの知識は、なぜかある。

だからあまり、むずかしいことは考えないことにした。


「薬の効能のことも、今はわからなくていい。そのうちわかる」


それに篠上さんからも、そう言われている。


あの日から、篠上さんは死神さんの姿になってない。真っ黒い着物姿で奥のお座敷にこもって、たくさんの本を積み上げた低いテーブルの前でなにか書いたり、どこかに電話したりしてる。


今も襖二枚はさんだ向こう側から、同じ言葉が聞こえてきた。


「ねぇ篠上さーん。そのうちわかるって言ったって、お客さんなんて全然こないんだけど!」


一枚、襖を開けて声を投げる。


だってそのうちって言われても、全然わかんない。お客さんが来なきゃ、そんなのわかるわけないのに。

ふて腐れた私の声に、篠上さんは顔も出さずに返事した。


「当たり前だ。こんな店、そうそう客が来てたまるか」

「こんな店っていうけど、ただの薬局でしょ?」

「……お前な」


すっと、奥の襖が少し開いた。

ネコみたいな金色の目が、あきれた顔で私を見ている。

……ちがうな、あきれた顔じゃない。これはどっちかって言うと、バカにしてる顔だ。


「死神がやってる薬屋が、ただの薬局なわけないだろ」

「どうちがうの?」

「一番の違いは、普通の客は来られないことだな」


普通のお客さんが、こられない?


「なんで? 私ここに来てから買い物にも行ったけど、ご近所さんから挨拶してもらってるよ? ……私が学校に通ってないツッコミとかされてないのが不思議でしょうがないけど」

「個人としての認識はされてるだろうけどな。この店にも、オレとお前がどういう暮らしをしているのかも、興味を持てないようになってる」

「興味を持てない?」

「なに売ってるかわからない地味な店みたいなもんだ。目には入ってても、そういえばそんな店あったな、みたいなところあるだろ」

「あー」


分かる気がする。

そこにあることは知ってるけど、なにを売ってるかよくわからない、入ったこともないお店。

きっとこのお店も、そういう風に思われてるんだ。


「だからお前が学校に行かなくても、誰も気にしない。学校にも行ってることになってる。『ここに住んでるのは特に変わったところのない、普通の人間』だってな」

「そっかぁ」


お昼に外を歩いてることもあるのに、学校に行ってることになってるのかぁ。

なんだか不思議な話だった。


「宿題が毎日届くのも、そのせい?」

「そうだ。学校に通っていれば身につくはずの知識も、ちゃんと毎日頭に入ってるだろ」


……どういう理屈かはわからないけど、めちゃくちゃ便利だってことだけはわかる。

学校に行かなくてもいいなら、むしろこっちのほうが楽だなぁなんて、ちょっとだけ思ってしまう。


「でも普通の人が来られないお店なら、どんな人が来るの?」

「それは──」


わふっと鳴き声がして、カラカラと引き戸が開く音がした。

私も、篠上さんもここにいる。ということは。


ついにお客さんがきた音だ!


「ほら、噂をすればだ。初めての接客、せいぜい頑張るんだな」

「え、えぇ!?」


篠上さんはそれきり、奥のお座敷の襖を閉めてしまう。


嘘でしょ、なんにも説明してくれないの!?

確かに助け船は出さないとか言われてたけど、この段階からなの!?


「い、いらっしゃいま、せぇ……?」


とりあえず笑って挨拶してみる。お店って言えば、まぁこの一言でしょ。

だけどいつまで経っても、お客さんは見えない。

死神さんの養女です。魔法の薬屋やってます

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