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#長編
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「なにここ?」
真っ赤な絨毯に大きなシャンデリアが吊され、壁という壁には飴色の本棚があり、様々な本が収まっている。
(飛ばされた感覚はない……。本を開いたことで別空間に転移した?)
『やあ、初めましてラフェドの婚約者殿。いや転生しているのなら元、と言った方がいいだろうか』
「!?」
艶やかな闇色のタートルネックにズボン、いかにも魔術師というようなローブを羽織った美青年が佇んでいた。褐色の長い髪に、オッドアイの瞳は軽薄そうな色で見返す。
嫌な感じだ。悪意の視線に肌がピリピリする。
「……さあ、なんのことでしょう」
『あはははっ、用心深いね。でもそんなのはどうでもいい。君と彼が再び出会うという条件が揃ったからこそ、あの黒い背表紙の本が出現したからね。…………そして物語は繰り返す、これはそういう類の呪いだよ』
「呪い……」
天気の話をするような気軽さだが、その物語の顛末を知るシルヴィアは息を呑んだ。シルヴィアの前世、時折芽衣李とラフェドの顛末は、ハッピーエンドと呼べるものではなかった。報われない後味の悪いバッドエンドという幕引きである。
(この声……、口調も、何処かで……)
遠い昔の何処か。
何かが終わる終焉の場所。
雨音と不快な嗤い声。
あれは──。
(……って、今は呪いのほうよ!)
『物語に沿えばラフェドは徐々に記憶を取り戻し、君の破滅が近づく』
「!?」
記憶を取り戻す。それだけでも衝撃的だったのに、自分の身に破滅が近づくというのだから聞き捨てならない。
『愚かだけれど見ている側は、痛快な一幕となるだろうね。ああ、君が壊れた後の王の終焉が待ち遠しいよ』
「…………悪趣味ですね。きっと友達がいないんでしょう」
嫌味で挑発するが、気を良くしたかのように笑顔だ。
『ありがとう、最高の褒め言葉だよ。まあ、君が転生したフォルトゥナ聖王国だって、似たようなものじゃないか。何百年も同じ舞台を繰り返す狂気の国。女神たちの箱庭。壊れた舞台で配役に選ばれた君が、別の箱庭で本当の終焉を迎えるなんてね。運命的だと思わないかい?』
(狂気の国……。そういえばアルベルト様も同じようなニュアンスで言っていたわね)
私的には乙女ゲームの世界だと認識していたが、この世界側からすれば狂気に等しい国という認識のようだ。鎖国しているのは、何度も繰り返す舞台に改変されないためなのだろう。
(であればシルヴィアがどれだけ足掻いても、あの舞台では悪役令嬢という枠から抜け出せなかったのはしょうがないわ)
三女神が作り上げられたのなら、最初から悪役令嬢には勝ち目はなかったのだ。この十八年間の頑張りは無駄だったが、それはそれでもう吹っ切れている。それに私の役割は終わったのだ。
(ああ、でもかつての私とラフェドとの物語はバッドエンドだ。でもこの呪いはまだ回避できる可能性が残っている)
ほんの僅かな可能性。ゼロに等しいけれど悪役令嬢だった頃よりも、ずっと選択肢は多い。
私が黙っていることを怯えていると受け取ったのか、青年は口元を歪めてさらに心を抉ろうと言葉を紡ぐ。
『ふふっ、彼の記憶を本という形で引き剥がしたのは、僕じゃないよ。善意からだったのに、アレは本という性質を理解していなかった。物語はいつだって読者を楽しませるものだ』
愉快犯。違う。
この人は明確な悪意と敵意と殺意を持ってラフェドをボロボロにしたいんだ。どうして彼を恨むのかは知らないけれど、明確な敵だと言うことはハッキリした。
しかも前世で私とラフェドとの関係を知っている上に、彼の記憶を意図的に奪った元凶。
「……ええ、物語ならいつだって読者を楽しませて、心を弾ませるものです。けれど私の紡ぐ物語はハッピーエンドの一択だけ。それ以外の結末は認めないわ。全力で滅ぼしてみせましょう」
『……へぇ』
眼前の相手を敵だと認識を改める。だからこそ鈍色に煌めく刃の瞳で、魔術師を見つめ返した。人間、それもか弱き女性と思っていた青年は、僅かにたじろいだが、すぐに口元に笑みを浮かべて開き直る。
『強がっているのも今のうちさ。記憶が戻り、本の物語通りになって君が死ぬ末路か、あるいは君との記憶が永遠に戻らずに、結ばれない終わりをするか。どっちでも僕にとっては嬉しい結果だ』
「……貴方、本を書いたことがないでしょう」
『ん?』
「それとも様々な本を読んだことがないのでしょうか。……貴方の失点は、この段階でその様な呪いの道筋と、縛りがあると私に教えたことです」
青年は道化師のような仕草で声を上げて笑った。滑稽だと言わんばかりの姿に、青年の顔が険しくなる。
それでも自信満々に微笑み続けた。
(もういっそ、ここでこの魔術師をプチッとしちゃう? ベルナール様のような圧もない)
『これだから短絡的な人間は困る。何の策も無くこんなネタバレするわけがないだろう。このやりとりは、この部屋を出た瞬間に忘れてしまう。これはそういうものだ』
「………っ」
笑顔が少しだけ揺らぎ、青年はそれを見て満足そうに笑った。舞台役者のような大ぶりな一礼をして「これにて閉幕」と告げた刹那、意識が現実へと引き戻される。
***
パキン。
「──っ!?」
砕けた音が聞こえた瞬間、腕にしていた数珠に亀裂が入り、真っ黒に染まったそれは灰となって消え去った。ふと酩酊にも近い感覚に陥ったが、すぐさまぐっと唇を噛みしめて堪える。
(ああ……、そういうこと……)
数珠を身につけておいて本当に良かった、と心から安堵した。敵は愚かではなかったが、爪が甘かったようだ。特殊な空間あるいは領域においての記憶消去は、有効だったが、悪役令嬢として断罪される未来を想定して様々な対策を講じていた。
その成果が今実を結ぶ。
(虚偽進言判定、記憶喪失除外、精神汚染排除などの要素を詰め込んだ魔導具を身につけておいて良かった……)
それはシルヴィアとして転生してから、積み上げてきた成果だ。悪役令嬢という未来は変えられなかったが、それでもその先の未来に向けての選択肢を広げてくれたことに、ホッとした。
(ラフェドは忘れたくて忘れた訳じゃなかった。悪意によって奪われた……。それが今出会ったツンツンした雰囲気に拍車を掛けていたのかもしれない。前世の物語通り、私とラフェドは出会った。それなら……この後はどうする?)
あの不思議空間での記憶は覚えている。これから来る惨劇に備えるのは当然として、どう動くべきか。
「シルヴィア。今……何かあった……よね?」
「!?」
傍に居たベルナール様の言葉に私は目を見開いた。もしかしたら絆を結んだことで同じものを見ていたのだろうか。
だとしたら──。