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穂乃里のカフェを出て、自宅に戻る。


築45年を越す、古びたマンション。

こじんまりとしていて、戸数も少ない。


「桐野さん、おかえりなさい」


エントランス(コンシェルジュなど当然いない)脇の植栽の向こうから声がした。


顔を覗かせたのは、大家兼管理人の小山こやま美智みちだ。

一つに纏められたストレートの黒髪がよく似合っている。


「ただいま。だいぶ涼しくなりましたね」

「ねー。きゅうりもぼちぼち終わりだわ」


1階に彼女は住んでいて、窓から出入りできる専用庭で家庭菜園……ちょっとした畑並みに育てている。

持て余しているからと、雪緒もだいぶ新鮮な野菜をおすそ分けしてもらった。


こうして1階になんでも相談できる管理人がいることはここに住む大きなメリットだった。


少し立ち話をしてから、自分の部屋に戻る。

3階の一室。

旧式の鍵で解錠して重いスチールのドアを押し開き、中に入る。


――広々として、日光が差し込む明るい部屋。


建物は古いが、フルリノベーション済みの物件だった。

元は3DKの小分けにされた間取りだったが、大家である美智の英断で壁が取り払われ、一人で住むには贅沢なくらいの広々としたワンルームに生まれ変わった。

収納もさりげなく壁と一体化するように隠され、すっきりと暮らせる。

ベッドスペースは胸の高さの壁にガラスブロックが並び、解放感がありつつも視界を遮ることができる。


床は、木目も美しい無垢材。壁は左官仕上げの珪藻土。


雪緒は一目で気に入り、すぐに契約した。


真がいなくなってから、手に入った唯一の「いいもの」かも知れない。


あとは、なくすものばかりだ。

愛、安らぎ、永遠、ぬくもり、幸せ。


頭に、昨日の郁の冷ややかな目が蘇る。


あの子、私が捨てたって言ったよね。真のこと。

捨てられたのは私なのに。

……なんでだろう。

説明していないからだとしても、決めつけが過ぎる。


温かい手触りの、無垢材のフローリングにそのまま座る。


でも。説明なんか、できるわけない。いや、したくない。

説明するくらいなら、誤解されたままでも構わない。


もう会うこともないだろうから、それでいい。

好きだったのはきみじゃない

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