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他人の体温ですら必要になったのはいつからだろう…
それなりに恋愛はしてきたと思う。
でも今思い返してみると、ただ『恋愛』というものを知りたかっただけかもしれない。
誰かの好意が心地よく嬉しい反面、試す様に傷付けたくなってしまう…そんな幼くて雑な恋愛だった。
早く大人になりたくて、就職してすぐに実家を出た。
世間では大人になった今も、一人部屋の中で仕事以外では空虚に過ごしている。
すでに三十を過ぎてしまったこんな自分は、本当の愛を知る事が出来るのだろうか…
(──いや、こんな自分じゃ無理か…)
今夜も寂しい自分を誤魔化す為に他人と一夜を過ごす。
◇
家庭環境は貧しかった。
母子家庭で母親は付き合っている相手の家に行ったきりあまり家には帰って来なかった。
自分が中学生になると一週間に一度だけ生活費の一万円を置きに来るだけになった。そのうち住む場所すら変えて母は家を出て行ってしまった。
そんな親でも、お金が置いてある度、会いたかった…
金はあるけど…
──親に捨てられた。
そう思った。
すでに乾いた心の中で納得した途端に、かろうじて残っていた母への気持ちがグチャっと潰れた音がした。
一人きりの部屋の中、特に行く場所も無く
学校から帰って来てひたすら毎日、毎日ゲームばかりしていた。
テレビ画面の中の勇者はカッコよく、勇気があって、信頼し合う仲間に囲まれていた。アイテムも魔法も武器も使えて、キラキラと輝いて見えた。
でも、自分はその中のどれひとつ持っていない。
電源を切ると、急に寂しくなる。
どんなにゲームをしても一人の時間が永遠に感じられた。
暗い部屋の中、眠る時には必ずテレビを付けて雑音の中で眠った。
「親に捨てられた」なんて、誰にも言えずにいた。独りぼっちの現実と向き合う勇気がその時の自分の選択肢の中には無かったんだ……
(──どうすれば良かったんだろう。)
◇
転機が訪れたのは高二の夏。
クラス替えで同じクラスになった同級生に恋をした。
彼は身長が高く、はにかんだ笑顔が可愛い。そんな彼の雰囲気に急速に惹かれていった。
好きだと自覚してからは、何を考えているのか気になって、些細な事でも知りたくなった。
初めて人を好きになった事で、今までくすんでいた世界が急速に鮮やかに色づいた。
溢れ出した気持ちが抑えきれず、好きだと気付いてからすぐに告白をした。
ダメかもしれない。そう思う気持ちの方が強かったのに、彼の特別になりたくて、止められなかった。
──でも、まさかのOK。
涙が出るくらい嬉しかった。
初めての恋人。
両想いになる幸せを知った。
(──でも”好きな人と付き合う”ってどうしたらいいのだろう…)
片想いの時はただ目で追いかけているだけで幸せだったのに、その先を望んだ結果、思いがけず叶ってしまった。
けれど家族ともまともに向き合えない自分には、好きな人との付き合い方すら全くわからなかった。
◇
小さい頃、よく母が好んで観ていた恋愛ドラマや映画の中では、好きな相手とはセックスをする流れによくなっていた事を思い出した。
きっとこれが付き合い方の“正解”なんだと思い、SNSや動画から自分なりの愛情の伝え方を探した。
告白して、自分を受け入れてくれた嬉しさに浮かれていた。そして“一番必要な愛情表現”として、すぐに彼と肉体関係を持つ様になった。
お互い初めてだらけだったけど、手探りながらも、もっと深く繋がり合いたい気持ちは同じ熱量だった。
受け止める側の行為自体も初めは痛かったけど、心と身体が愛し合う満足感からすぐに気持ち良くなれた。
飽きもせずに時間がある度に何度も何度も繋がりあってはお互いを求め合い、キスをしながら果てるその瞬間に一番の幸せを感じた。
不機嫌になったり、我儘を言ってもすぐに許してくれるとても優しい恋人。
実際に成績も性格も良くて、親や教師からの期待もあった彼がいつも輝いて見えた。
(──でも自分は…?)
受け入れてもらえた事に浮かれて努力もせず相手の心と身体ばかりを求めてしまっていた。
でもそれしか愛を伝える方法がわからなかった。
愛されたかった、愛したかった。でもやっぱり本当の“正解”はわからないままだった。
ある時恋人が別れ際の玄関で強く抱きしめながら…
「はぁ、本当にめちゃくちゃ好き…」
と、気持ちを伝えてくれた。
抱きしめ合いながら、幸せってこういうものなんだ…と、心が暖かくなって、泣きたくなるくらい幸せを感じた。
でもそれと同時に、「別れ話をしたら引き留めてくれるのかな…?」と、衝動的に今の関係を壊してみたい気持ちに襲われた。
次の日……
昨日の衝動的な感情が抑えられず無理矢理別れ話をすると「別れたく無い!」と、恋人は泣きながら縋ってくれた。
やっぱり引き留めてくれた。
「あぁ…幸せだ」と、初めから別れる気も無いのに恋人の反応に満足している自分がいた。
でもその時の自分には性欲と感情のコントロールが出来なかった。
──中身が空っぽの何の努力もしない自分
優等生な恋人を独占している事で教師からも目をつけられて、別れる様に釘を刺された事もあった。
それでもいつも一緒にいた。
休み時間も放課後も休みの日も…。
それくらいお互いが夢中だった。
◇
会えば繋がり合うばかりのそんな関係が四年続いた。
でもそんな関係も、最後は恋人の浮気で呆気なく終わってしまった。
フラれてもいざ手離すなんて事は考えられなくて、終わった関係が信じられずに、もう繋がる事のないスマホを握りしめては心臓が痛かった。
恋人と別れたく無かった。
でもたくさん相手を試して傷付けきた自分に相手を責める資格は無いと思った。
「もう無理だよ……」
別れ際、視線すら合わせてもらえずどんなに縋って「別れないで!ごめん!これからはもっと大切にするから!」と、謝ってももう元には戻れなかった。
優しく微笑んでいた恋人からの拒絶で、初めて相手の感じていた痛みや苦しみが理解できた。
付き合っていた頃は相手を試す様に振り回していたくせに、別れた途端に食事が喉を通らなくなり、恋人と過ごした全ての場所へ行けなくなった。
こんな自分を愛してくれた恋人を大切に出来なかった。
全てが自業自得なのに涙が止まらなかった。
一緒に見て来た景色や、手を繋ぎながら歩いた道、鮮やかな景色が全てモノクロに変わった。
いつまで経っても息が苦しくて、胸が痛かった。
別れてすぐ、思い出の欠片ばかりの地元へ帰らなくなった。
──そして、また夜が怖くなった。
夢の中で冷たい態度の恋人に醜く縋っては泣きながら目が覚める。
いつの間にか気絶する様にしか眠れなくなっていた。
寂しさからアルバイトの夜職で知り合ったお客さんや従業員と身体の関係を持った。ただ寂しい。
寂しくて……誰でも良かった。
それでも進学した専門学校へは通い続けた事もあり就職には困らなかった。
(── 何が“正解”なのか…誰か教えて)
間違った選択ばかりの人生の中、自分が生きている価値や意味がわからなかった。
◇
就職を機に別れた恋人との思い出ばかりが溢れている地元から離れる事にした。
その事を母に伝えると、たまに会うだけの相変わらずノーテンキなこの人は、ただ子どもの自立を喜んでいた。
嬉しそうな母を横目に腹が立った。
(── 何もかもが…大嫌いだ)
そう心の中で呟いて笑顔で別れた。