第四桟橋事務所の一階にある尋問室は、異様な雰囲気に包まれていた。
「おい、今てめえアーキハクト伯爵って……」
「ルイ、静かに」
「おっ、おう」
「ヤン代表、その話を詳しく教えてください。内容次第では貴方を解放することを誓います」
表情は無表情のままではあるが、その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
「わっ、分かった……!」
ヤンは、自身がアーキハクト伯爵家を出入りしていた御用商人と関わりが深い物流会社に務めていたこと。
あの日の数日前に、アーキハクト伯爵家に荷物を届けたことを説明した。
「その荷物とは?」
椅子を用意してヤンを座らせ、対面に自分も座ったシャーリィは聞き取りを続ける。
「大きな木箱が四つ。大樽が七つだな。樽の中身はワインだと聞いた。木箱については分からないが、運ぶ際にガチャガチャと金属が触れ合う音を聴いた覚えがある」
「ワイン、ですか」
「ああ、そうだ。これまでアーキハクト伯爵は酒類を取り扱うことがなかったからね、珍しいとは思ったよ」
「その納品依頼は御用商人からですか?」
「ああ。と言っても、私達に品を引き渡したのは見慣れない人物だったな。担当が忙しいとかで、彼から書類として納品書と品を受け取ったんだ」
「いつもと担当が違った?貴族相手の大切な取引なのに?それより忙しい案件などあるんですか?」
「それは……私も疑問には思ったが、口を挟めるわけがない。我が社にとって大切な顧客なんだ。詮索なんて出来る訳がない」
「人相は覚えていますか?」
「茶髪で青い瞳。顔立ちも良い好青年だったよ。商売人には見えなかったかな」
「次の質問です。納品した先は?物からして、手渡すわけにもいかないでしょう?」
「屋敷にある地下貯蔵庫だった。そこに納品するのは始めてだったな」
「作業は貴方達だけで?」
「いや、監督が付いたよ。特に大樽を置く場所はかなり細かく指示されたな」
「誰が監督したのですか?伯爵家の人間ですか?」
「それはあのお屋敷の衛士長だったかな。何度か会ったことがあるから間違いない」
その言葉を聴いた瞬間シャーリィは目を見開き、硬直する。
「なっ、なんだ?こんな話をして何の意味があるのか分からないが……私が知ってることは話したぞ!」
それに戸惑うヤン。しばらく沈黙して、ようやくシャーリィは口を開く。
「改めて自己紹介をします、ヤン代表。私はシャーリィ。シャーリィ=アーキハクトです」
「なっ!?」
シャーリィの発言に目を見開くヤン。
「今日が初対面と思えませんでしたが、思い出しましたよ。お屋敷を出入りしていた優しいおじさん、それが貴方でしたね。お菓子を頂いた覚えがあります」
「……ーっ!まさか、本当に……お嬢様なのですか……?」
「こんな形で再会を果たしたくはありませんでした」
何処か悲しげに言葉を紡ぐシャーリィ。そしてヤンも俯く。
「思い出しましたよ……いつも無表情で不気味なお嬢様だと皆が言っていましたが、私は偶然にも貴女が赤い髪の少女に笑顔を見せていたのを見掛けたのです。年相応の可愛らしいお嬢さんだと思ったものです。まさか、生きておられたとは……そんな貴女を私は殺めようとしていたのか……」
互いに懐かしむように言葉を紡ぎ、そしてシャーリィは決断を下す。
「……事情が変わりました。貴方は重要な参考人となります。その記憶を私のために役立てて下さるなら、その身柄を保護します。もし断るなら、残念ですが……」
「こんな私にまだチャンスを与えてくださるのですか……?」
「貴方の持つ情報にそれだけ価値を見出だしていると理解してください。ただし、虚偽などを行えば後悔することになりますよ。ラメルさん」
「おう」
部屋の隅で待っていた古びたコートを着た男が呼び掛けに答える。
「更なる証言の解析と裏付け調査をお願いします。優先度は高めで。虚偽だと判明した場合は、手段を委ねます。生存の必要はありません」
「了解した。ほら、いくぞ。下手な真似はしない方がいい。ボスの慈悲を無駄にするなよ?裏切ったら生まれてきたことを後悔することになるからな」
「あっ、ああ。それではお嬢様、失礼します」
ラメルに伴われてヤンが退室する。
「良いのか?シャーリィ」
「優先順位を間違えるつもりはありません。彼は死んだことにします。示しが付きませんからね。もし忠誠を示してくれるなら暁での雇用も考えます」
ルイスの問いかけにシャーリィは静かに答えた。
「……シャーリィ、衛士長と聴いた瞬間固まっていましたが?」
「…………衛士長のエドワード。お母様とは現役時代からの付き合いらしく、実力者であり人格者でした。彼が裏切っていた……?」
カテリナが尋ねると、シャーリィは俯きながら答えた。
「知らなかったかもしれないだろ?」
「あり得ません。エドワードはお母様の指示以外で動きませんし、なにより地下の貯蔵庫は長いこと使われていないはずです。私自身何度も侵入して確認しています」
「なにしてんだよお前……」
困ったように笑うルイス。
「……それが事実だとすれば、調べることが増えましたね?シャーリィ」
「はい。ですが、偶然にも有力な情報を得られたのは確かです。レイミ達とも情報を共有しないと。忙しくなりますよ」
「主様、ちょっと良いかしら?」
部屋の外からマナミアの声が聞こえる。
「はい、マナミアさん。どうぞ」
答えるとマナミアはドアを開けて入室する。
「最新の報告よ、主様。リンドバーグ・ファミリーの所在を突き止めたわ。マクベスさんの部隊が到着次第、総攻撃を掛けるわ」
「マクベスさんの正規部隊を待つ理由は?」
「相手が思ったよりも装備が優れているのよ。海賊衆だけじゃ犠牲が増える恐れがあるからって。どうかしら?」
「ベルとエレノアさんがそう判断したなら異議はありません。確実に殲滅してください」
「……シャーリィ、リンドバーグの身柄はどうするのですか?」
「確実に始末してください。彼を取り逃がしては後顧の憂いとなります。捕縛はしなくて構いません」
「なにか知ってるかもしれねぇぞ?」
「口を割るような人ではないでしょう。確実を期するために……シスター、アスカ。向かっていただけますか?」
「……任せなさい」
「……ん」
二人の了承を得られたシャーリィ、マナミアに自動車の用意を指示して退室させる。
「……シャーリィ、捕虜は必要ですか?」
「不要です。禍根を残さないように、綺麗に掃除してください」
「……分かりやすい指示で助かります。ルイス、しっかりとシャーリィを守るように」
「分かってるよ。シスターとアスカも気を付けてな」
思わぬところで真相へ繋がる情報を得られたシャーリィ。同時に『暁』は三者連合との戦いを終わらせるためリンドバーグ・ファミリーとの決戦に望む。
一つの戦いが終わり、シェルドハーフェンの勢力図を塗り替えることとなる大きな戦いへの序曲が始まろうとしていた。
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