原初という呼び名は、この場所が神の救済が始まる地とされることに由来する。
神殿には代々『神託の巫女』と謳われる女性が仕えており、神の言葉を直接聞くことができる数少ない存在なのだという。
そして巫女が受けた神託によって、過去何度も世界の危機が救われてきたとされているのだ。
ある伝説では、世界的な日照不足による食糧危機を、神託に従って育てられた穀物によって脱したと。
ある伝説では、国がいくつも滅ぶほどの流行病を、神託によってもたらされた魔術の術式によって治療できるようになったと。
だからこそ、かつて神託の巫女は、神の地上の代理人として人々から崇められ、絶大な影響力を誇っていた。
時は流れ、文明の発展に反比例するかのように、巫女の影響力は急速に弱まりゆくこととなる。
それを顕著に表すのが、原初の神殿に仕える神官の数だろう。
多い時には数百人いた神官達も、今ではたった数名のみとなっているのだ。
「……現在では原初の神殿も神託の巫女も、象徴的な意味合いが強くなってきてはいますが……それでもこの世界の人々にとって“特別な存在”だという事に変わりはないのです。よって神託の巫女として選ばれた女性は代々、巫女としてふさわしい立ち振る舞いをすることや、毎日決められた時刻に神様へと祈りを捧げること、神殿を訪れる方々との会見を行うことといった、巫女としての責務を、息を引き取るその時まで全うせねばなりません。私エレノイアもまた、物心ついた時には既に神託の巫女として選ばれた身であり、この原初の神殿にて巫女の務めを全うするのが当然だと考えておりました。ですが……」
それまで穏やかな口調で話していたエレノイアであったが、ここで少し言い淀む。
きっかけは4年前、エレノイアが10歳の誕生日を迎えた日に、初めて自分のステータスを見たことだったという。
巫女としての称号や求められるスキルは当然記載されていたのだが、それ以外に見慣れないものが習得済みスキルとして記載されていた。
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生産空間LV1:アイテムを生産するための空間を生み出す。生産空間内に入れたアイテムはイメージ通り自由に動かすことができる。
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静かに話を聞いていた俺が、驚きの声を上げた。
生産系スキルとは、スキル【生産空間】および、生産空間を展開している際のみに発動できるスキルを指す。
もちろんこの世界でも、手作業で物を作りだすことが可能ではある。
だがそれよりも生産系スキルや魔術を使って物を作るほうが効率がよく、また一般的な手法とされているのだ。
「ええ、そうなんです……最初は何のことだかさっぱり分からなかったのですが、神殿の図書室にて様々な文献を調べた結果、生産系スキルとはどういったものかを知ることができましたわ」
エレノイアはそう答えてから、話を続ける。
神殿図書室には、過去に神殿へと寄贈された様々な本や資料が揃っている。
文献は大半が古いものであり、新しいものはあまり置いていないものの、多少調べ物をするぶんには十分だ。
巫女としての公務や勉強の合間の僅かな自由時間を利用し、エレノイアは毎日少しずつ自らのスキルについて知識を深めた。
そして知れば知るほど実際にスキルを使って何かを作ってみたくなってしまった。
まずは、料理に興味を持った。
文献に記載されていた『生産系スキルで生み出せるアイテム一覧』の中で、料理は最も身近だったからだ。
神殿で調理を担当している神官に相談し、【生産空間】を利用しての、様々な料理の作り方を学んだ。
ある程度覚えてからは、毎日の食事作りを進んで手伝うようになった。
当初は「神託の巫女であるエレノイア様に、作っていただくなんて恐れ多い」と恐縮していた神官達だったが、エレノイアが毎日手伝いを続けた結果、今では神殿で働く人々の食事作りのほとんどを彼女が担当するまでとなった。
続いて、裁縫に興味を持った。
毎日当たり前のように着ている服を、自分の手で生み出せるというのが新鮮に感じたからだ。
神殿には裁縫ができる神官が居なかった。
エレノイアが「なぜ?」とたずねると、神官の1人は「新しい服は店で仕立ててもらえばよいし、多少ほつれた服は店に修繕を頼めば事足りるからですよ」と答える。
そこでエレノイアは、成長に伴って着れなくなった自分の服を分解して、材料となる素材アイテム――布や糸など――を調達し、図書室の文献を調べながら、独学で裁縫を学んでいった。
巫女としての衣装はどれも腕や足を隠してしまう長い丈のものばかりであり、本で見たようないわゆる『年頃の女の子のおしゃれ』をしてみたかったのだ。
さらに共布で髪の毛用のリボンを作ったり、胸元に付ける花飾りを作ったり。
他にも膨らんだ袖やフリルなど憧れの要素を全部詰め込み、失敗を重ね、ようやく納得の1枚が出来上がった。
完成したワンピースを着て、自室の全身鏡をのぞいた瞬間、エレノイアは歓喜に包まれた。初めてのおしゃれが嬉しくて、何度も何度もくるくる回って、鏡の中の自分を眺め続けていた。
1人ファッションショーに満足したあと、今度は誰かに見せたくなった。
こんなに可愛い服が作れたんだから、きっと褒めてもらえるはずだと。
だが神官達から返ってきたのは、想像もしていなかった反応だった。
と、エレノイアは遠い目をした。
話の合間を見計らい、俺がたずねる。
「……エレノイア様、ちょっと質問いいですか?」
「もちろんですわ」
「神官の皆さん、なんで怒ったんでしょうか?」
きょとんとするエレノイアとテオ。
すかさずテオがつっこむ。
「いやだって、作ったのって普通の膝丈スカートの半袖ワンピースだろ。それぐらい街で着て歩いてる女の子はいっぱいいるから、別に怒るような事じゃないと思うし……あ、もしかして材料に使った服がまずかったとか? 代々伝わる伝統の衣装だったりとかなら、確かに怒るかもしれないな」
「あのな――」
「私から説明します」
エレノイアが、何かを言いかけたテオを制した。
そして一呼吸おいて言う。
俺はハッとした。
この意味を、自分では理解したつもりでいた。
だけど……実際は全く何も理解できていなかった。
その事実に気付かされたのだ。
エレノイアが、口をゆっくり開く。
「……まだ10歳の私もそうでした……自分の何が悪かったのか、なぜ怒られたのか全く理解できませんでした。料理を上手に作れた時はあんなに『美味しい、美味しい』って喜んでくれたのに……どうしてこんなに可愛くお洋服を作れた時は、皆怒るんだろうって」
神官達は戸惑っているエレノイアを見て、彼女に悪気が無かったことに気が付いたらしい。そして「神託の巫女とは人々にとってどういう存在なのか」「巫女としてふさわしいとはどういうことか」など、時間をかけて丁寧に彼女へと説明してくれたのだという。
「……あの時なぜ怒られたのか……今ならよく分かります。神託の巫女として選ばれ、そして巫女の務めを全うすると自らも決意した以上……常に巫女としてふさわしい服装や立ち振る舞いをして、世界中の人々へ『理想の神託の巫女』の姿を見せ続ける必要があるのですわ。あの時作ったワンピースは、一般的には“普通”という扱いではありましょうが……確かに巫女が着るには、はしたないとされても仕方がないデザインでしたもの」
そう語るエレノイアの顔は、俺からは何だか寂しそうに見えた。
ほんの少し迷った俺だが、思い切ってたずねてみる事にした。
「おいタクト、何言ってんだよ――」
止めようとするテオを押し切り、俺はさらに言葉を続ける。
俺の叫びが部屋に大きく響く。
一瞬、室内が静まり返ったあと。
「うふふ……」とエレノイアが 笑い出した。
それにつられるように、テオも小さく笑い始める。
状況がつかめず1人ポカンとする俺。
ややあって、何とか笑いをおさめたエレノイアが俺へ言う。
「……笑ってしまい申し訳ありません。タクト様、私の為を思ってくださり有難うございます。でも、違うのです」
「違うって?」
「早とちりなんだよ、タクトはさ~」
「え??」
ますます訳が分からなくなる。
エレノイアはにっこりと微笑んだ。
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