身体の中を流れる魔力を足の指先から、頭の天辺から、少しずつ集めては流し、手に握るスティックへと送り込んでいく。魔力の流れは血流に乗せて、集めながら腕先へと向かって流す。
何となく出来ているような感覚はあるけれど、スティックが反応してくれる程でもない。
「ふぅ……やっぱり、難しい」
新しく取り寄せて貰った魔力操作用のスティックを試していたが、以前の中古の物と比べると魔力耐性が高いようで、葉月の力程度ではうんともすんとも言わない。
「一度でも流れが出来てしまえば、魔力の道ができるはずよ」
魔力操作とはつまり、身体の中で停滞している力が動くキッカケを作ること。一旦でも動き始めてしまえば、魔力の続く限り自然と湧き出てくるようになるらしい。
幼子ならば魔力も柔軟で、少しの練習でも割とスムーズに流れるようになるが、葉月の年齢からともなると長い間に蓄積された詰まりや硬さを取り除くのが容易ではないという。なので、この世界でも大人になってから魔力に目覚める人はほとんどいないと言われている。
全く出来ていない訳でもなく、自分でも何かの流れは感じている。何度も続けていく内に流れる量を少しずつ増えていくのではと、唸りながら同じことを繰り返していた。
ただ、修練の成果が全く目に見えないのでなかなか辛い。言われた通りにちゃんと出来ているのかが確認できたたら、もっと楽なんだけれど……。
「そうねぇ……魔力の量は十分なんだから、あと少しなのよね」
何か良い方法はないかと顎に指を当てて、森の魔女は思案する。そして、思いついたと葉月の背後に回ってから、腕を伸ばして人差し指を彼女のつむじに軽く当てる。
「?」
「私の指の動きを追いかけてみて」
人差し指を頭の天辺から真っ直ぐ下へと沿わせ、首の後ろの丁度うなじの位置から右肩へと移動させていく。そして、そのまま方から右腕へとゆっくり、スティックを握っている右手まで指を這わせてみせる。
葉月はくすぐったいのを我慢しつつ、真後ろに立って姿が見えなくなったベルの指先の動きを感覚で追いかける。
ピシッ。小さな稲妻のようなものが、スティックの先からチラリと見えて、すぐに消えていく。
「今のは?!」
「そうそう。ちゃんと流れているわよ。今度は反対の手で持ってみて」
言われるがまま、スティックを左手で持ち替える。そして再びつむじに突き付けられた指の動きへ意識を集中させてみる。つむじからうなじへ、うなじから左肩へ、そして左腕から左手へと。
ピシッ! さっきよりも少しはっきりした稲妻が現れてから消える。同時に、身体中の何かが一巡した感覚を覚える。一瞬で全身の細胞が新しく上書きされたような、初めての感覚。
そして、次の瞬間には両足の力が抜けて、ガクンと膝から床へ崩れる。急に力が入らなくなり、一人では立っていられなくなった。
「大丈夫よ。少し休んだら落ち着くわ」
ベルに支えられながらソファーへと促され、淹れて貰った薬草茶を一口飲む。なぜか喉が異様にカラカラに乾いている。カップを持つ手も小刻みに震えていた。
以前に口にした時は不味くて二口目は無理だったのに、不思議なことに今日のお茶は飲み易く感じる。特に違う薬草を使っているとかでもなさそうなのに……。
ずっと丸まって眠っていた猫は、すぐ隣に座られて迷惑そうに顔を上げる。一度だけチラリと飼い主の顔を見るが、何事も無かったかのようにすぐに寝直してしまう。特に関心は無いみたいだ。
「お茶の味が変わったでしょう?」
「はい……どうして?」
「ふふふ。葉月も魔女になったからよ」
悪戯っぽく笑って、ベルも自分のカップを手にして薬草茶を口へと含む。
色も香りもいつもと同じにしか思えないし、かと言って淹れ方を変えたようにも見えなかった。なのに、以前のような苦味も青臭さも感じなくなっている。まるで別物だ。
「魔力疲労に効く薬草を煎じてあるの。だから、付かれた時に飲むと美味しくなるのよ」
少しだけ得意そうに言うと、もう一口。純粋に美味しいかどうかはさて置き、確かに飲み易いし身体にじんわり沁みる。まるで、運動した後のイオン飲料みたいだ。
ベルが調薬作業の合間にいつもかなりの量を飲んでいたのは、魔力を使っていたからなんだと改めて知る。初めて飲んだ時の印象から、魔女のことを単なる味覚音痴か何かと思い込んでいたことを密かに反省した。
「明日からは魔法の練習を始められそうね」
魔力を自在に動かせるようになれば、次は大気中の魔素を集めて増幅させ、それを魔法へと換える練習が待っている。人が持つ魔力だけでは水や火などに具現化させるには足りない。代わりに周辺の魔素をどれだけ集められるかで魔法使いの力量が決まる。
先ほどスティックから見えた稲妻のような物は葉月が元から持っている魔力しか使えていない。だから一瞬だけ光って終わってしまったけれど、魔素で力を嵩増しできるようになれば威力も変わってくるはずだ。
「魔法、かぁ……」
実感は全くもって無し。魔力操作までで終わってしまう人の方が多いと聞いているから、下手したらここまでということだってある。
でも、初めての感覚に胸が高鳴る。
「使えるようになるといいなー」
「みゃーん」
大丈夫だと言いたげに、くーが返事する。その様子にベルも微笑みながら頷いている。
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