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スタートヽ(*^ω^*)ノ
次の日の教室。
いつも通り明るく笑っているレトルトの首筋には、大きな絆創膏が一枚。
――それは、昨夜キヨが夢中で噛みついた場所だった。
「レトさん、その首どうしたの?」
「うわ、なんか怪我してんじゃん!大丈夫?」
クラスメイトが次々に心配そうに声をかける。
レトルトは苦笑いしながら、手で絆創膏を押さえて「ちょっとぶつけただけやから大丈夫!」と誤魔化す。
その様子を、後ろの席から見ていたキヨの胸が高鳴る。
(……俺がつけた跡……誰も知らない……)
みんなが心配して覗き込んでいるその傷が、自分の証明だと思うと――背筋がゾクゾク震えた。
(俺のものだって印……他のやつらには絶対に消せない……)
唇の端がゆるむ。
昨夜の荒々しさを思い出すたび、胸の奥に熱いものがこみ上げてくる。
――もっと。
――もっと。
レトルトが“俺だけのもの”だと証明できる痕を残したい。
支配欲は、日に日に膨らんでいくのを止められなかった。
毎晩のように、キヨは抑えきれない気持ちを人形にぶつけていた。
唇、首筋、鎖骨、手首……
どこか必ず痕を残し、噛み痕や赤い傷が増えていく。
そして次の日。
レトルトはいつもと変わらない笑顔で教室に現れる。
けれど、その体のどこかには必ず絆創膏が貼られていた。
(また……俺が噛んだところ……隠してきてる……)
胸の奥が熱くなると同時に、ざらついた罪悪感が広がる。
支配の証のように感じていた痕が、日に日に増えていくのを見れば見るほど――
レトルトが自分のせいで傷ついているのだと、痛いほど思い知らされる。
それでも昼間、レトルトの鼓動はドキドキと弾んで伝わってくる。
誰かを見て、ときめいている。
その相手が誰なのか……。
考えるたび、胸を締めつけるような不安と嫉妬で苦しくなった。
――俺のせいで、レトさん……傷だらけになってる。
――俺がやってること、ただの暴力じゃん……。
自分がしていることが「愛」ではなく「壊すこと」なんじゃないか。
その恐怖と悲しみに押し潰されて、キヨはついにその夜、人形に触れることをやめた。
キヨは人形を机の引き出しに押し込んだ。
触れればまた、あの柔らかい感触に溺れてしまう。
そしてレトルトを傷つけてしまう。
だから、触れないように。
見えないように。
重たい引き出しの奥に隠した。
――もうやめる。
そう決意した瞬間、レトルトから伝わってきていたあの「ドキドキ」や「熱」が何も感じられなくなった。
まるで糸がぷつりと切れたみたいに。
次の日、教室でレトルトの顔を見ても、ただ笑っているだけで心の中は分からない。
誰に恋をしているのか、誰を見てときめいているのか――もう、分からない。
その「分からなさ」が、キヨの胸を締めつける。
寂しい。悲しい。
そして、あまりに無力だった。
(……レトさんは、俺なんかじゃない誰かを好きなんだろうな……)
噛み跡を隠す絆創膏も、少しずつ減っていった。
それはキヨにとって救いであると同時に、もう自分の存在なんてレトルトの世界には必要ないのだと突きつけてくる証のようでもあった。
――この気持ちは、片思いで終わらせよう。
キヨはそう心に決めて、窓の外の空を見上げた。
人形を触らなくなってから、数日が過ぎた。
レトルトの首元や手の甲に貼られていた絆創膏は、一枚、また一枚と消えていく。
それはレトルトが回復している証拠なのに――
キヨには、自分が残した証がひとつずつ消えていくようで、胸の奥が締めつけられるばかりだった。
「……俺なんか、いなくていいんだよな」
誰にも聞こえない声で呟きながら、キヨは机に突っ伏して目を閉じた。
どうしようもない虚しさに飲まれ、授業の内容なんてひとつも頭に入らなかった。
そのとき――
「あの……キヨくん….」
耳に飛び込んできた、聞き慣れた声。
顔を上げると、すぐそこにレトルトが立っていた。
「……キヨくん、ちょっと話せる?」
突然、レトルトがそう言った。
その頬はわずかに赤らみ、視線は落ち着きなく泳いでいる。
『え……あ、うん』
思わず立ち上がったキヨの胸は、破裂しそうなくらい高鳴っていた。
二人は廊下を歩き、誰もいない講義室へと入る。
ドアが閉まった瞬間、外のざわめきが消え、二人きりの静寂が訪れた。
キヨは落ち着かない様子でレトルトを見つめる。
レトルトは手をぎゅっと握りしめ、ためらいながら口を開いた。
講義室の静寂に、レトルトの小さな声が響く。
「ねぇ……もう、俺のこと、嫌いになった?」
キヨの胸を強く締め付ける声だった。
その次の言葉も、震えながら絞り出す。
「もう….飽きたの……?」
瞳には涙がにじみ、唇はかすかに震えている。
キヨは一歩後ずさり、目を大きく見開いた。
『な…なんの話?』
頭の中は混乱でいっぱいだった。
レトルトの顔は真っ赤で、目は潤んでいて、必死に何かを伝えようとしている。
「その……あのね……」
声がかすれ、言葉を選ぶようにレトルトは口を開く。
「キヨくんが……その、人形……触ってるの、気づいてた….」
キヨは一瞬言葉を失う。
その場で立ち尽くし、理解しようと必死になった。
(バレてた….どうしよう….絶対嫌われてる。終わった…)
キヨの顔は青ざめ身体中から汗が吹き出していた。呼吸も早くなり絶望で視界がぐらりと揺れた。
ふらつくキヨの手を優しく握るレトルト。
そして、一度大きく深呼吸してポツリ、ポツリと話し始めた。
つづく