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#ワンナイトラブ
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あの日、屋上庭園でサファイアの指輪を贈られてから数ヶ月───
私たちの生活は、一見すると以前と何も変わっていないように見えた。
朝、誰よりも早く出社し、完璧に整えられたデスクで分刻みのスケジュールを確認する。
「青桐社長、本日の午後は定例の役員会議、その後は海外支社とのテレカンファレンスです。資料はすべて揃っております」
「ああ、頼む。それと氷室、今日の夕食は外で済ませる。一軒、馴染みの店に予約を入れておけ」
オフィスでの私たちは、相変わらず「シゴデキ」な社長と秘書だ。
同僚たちも、あの株主総会での劇的な一件を「窮地を脱するための
社長による最高の広報パフォーマンスだった」と解釈し
今はまた、隙のない私たちの仕事ぶりに敬意と羨望を払っている。
けれど、二人きりになったCEOルーム
最後の来客を送り出し
重厚な扉に音もなく鍵をかけた瞬間
張り詰めたオフィスとしての空気は一変する。
「……疲れたな、志乃」
「お疲れ様です、京介様……でも、まだ確認とサインが必要な書類が、山のように残っていますよ」
私が差し出した書類を、京介は視界に入れることもなく私の手首を掴んだ。
彼は私を慣れた動作で自分の膝の上へと引き寄せ
私の顔の一部だったシルバーフレームの眼鏡をそっと外す。
「眼鏡を外すのは『業務終了』の合図だと言っただろう。今は秘書ではなく、一人の男としての俺の問いにだけ応えろ」
至近距離で見つめ合う瞳
そこにあるのは、冷徹な仮面の下にひた隠しにされた
私だけが知ることを許された深い愛情と、消えることのない独占欲。
京介の指が、私の左手薬指で静かに輝くサファイアのリングを愛しげになぞる。
「……紙の契約書はあの日破り捨てたが、代わりに新しい契約を結んだ覚えがある」
「新しい、契約……?」
「ああ。期限は無期限。解除条件は、死が二人を分かつまで。報酬は、俺の生涯すべてと、この青桐の全財産。……不服はないな?」
傲慢で、どこまでも彼らしい、不敵な言い回し。
私は可笑しくなって小さく笑うと、彼の首に優しく腕を回した。
「……はい。謹んで、お受けいたします。私の生涯も、そして私の心のすべてをあなたに捧げることを条件に」
重なる唇
かつては「嘘」を守るための堅牢な城壁だったこの部屋が
今は私たちの愛を育む、世界で一番温かな聖域になっている。
偽りから始まった歪な関係は、いくつもの嵐を乗り越え
誰にも壊すことのできない、鋼のように硬くしなやかな真実へと姿を変えた。
窓の外には、未来を祝福するようにきらびやかな街の明かりが広がっている。
これから先、どんな困難が待ち受けていようとも
私たちは決して手を離すことなく進んでいくだろう。
最強のビジネスパートナーとして。
そして、世界でたった一人の、深く愛し合う夫婦として。
永続という名の、終わることのない契約を胸に。