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それからバルトは昼間、庭師の仕事に勤しんでいた。
この展開は小説通りだ。
(ということは、次のイベントがある……!)
僕は次のイベントに備えていた。
次のシュメバルラブラブイベントは、アフタヌーンティだ。
庭を綺麗にしてくれたバルトを労って、シュメリがお茶に誘う。
(その時、僕は物陰に身を隠す)
どうしても二人の話題の中心が僕になるから、そうならないための工夫だ。
僕はソワソワしながらテラスの辺りをうろついていた。
(シュメリはお天気の日、テラスでお茶するから)
「うにゃ、うにゃ」
ウロウロしていたら、使用人がテラスにお茶やお菓子を運んできた。
(きたー! やっぱり今日は、シュメリがバルトをお茶に誘うラブラブイベント!)
自信満々に拳を握る。
「リンネ」
シュメリが外から戻ってきた。
僕を抱き上げて、頬擦りする。
「お茶にしようか」
「あにゃ」
狙い通り、お茶イベントだ。
だけど。
僕はテラスから外を眺めた。
バルトはまだ仕事をしている。
「にゃにゃ、あにゃ」
僕は仕事中のバルトを前足でさした。
「バルトかい? お茶より、キリの良いところまで仕事をしたいそうだ」
僕は抱かれたままバルトを凝視した。
(何してるの、バルト! 君がいないとイベントが進まないのに!)
「なぉー」
僕はバルトに向かって遠吠えするように泣いた。
「そんなにバルトが恋しいのかい?」
シュメリが、きゅっと僕の鼻を摘まんだ。
「なふ、なふ」
鼻を摘ままれると息ができない。
苦しい、と思う前に、シュメリが手を離した。
「夜はバルコニーでデートしたり、仕事中まで一緒なんて、狡いな」
シュメリが不貞腐れた感じに吐き捨てた。
ちょっと幼い感じだ。
(夜のバルコニーって……僕が前にベッドを抜け出した時かな)
あの時くらいしか、夜のバルコニーに行ってない。
バルトと二人で話しているところを、シュメリは見ていたんだろうか。
「もう少し、私との時間を大事にしてくれてもいいんじゃないかな」
いつもより怒った感じのシュメリに、口に何か押し込まれた。
「むぐ、ぅにゃ」
勢いでもぐもぐする。
美味しいマカロンだった。
「美味しい?」
「にゃ!」
甘くてカリふわ触感が癖になる。
僕は、あーんと口を開けた。
「ふふ、もう一口、どうぞ」
ベリー系の香りが鼻に抜ける。
「やっぱり今でも、リンネはお菓子が好きだね。マカロンは特に好き?」
「にゅ?」
僕はマカロン、好きだったんだろうか。
初めて食べたと思ったけど、違ったのかな。
「マカロンとか、ダックワースとか、軽い食感のお菓子が好きだったよね。焼き菓子みたいにフワフワも喜んでいたけど」
「はにゃ」
そうなんだ。
僕は、お菓子が好きだったんだ。
前世でも、きっと元気な時は食べていたと思う。
だけど、あまりよく覚えていない。
(リンネの記憶が戻ってくるたび、前世の記憶が薄れている気がする)
覚えているのは、一日中変わらない天井。
心電図モニターの音と、点滴の滴下。
それより前のことは、もう思い出せない。
「私とリンネはね、森でよくデートしていたんだよ」
「にゃーぅ?」
「そう、デート。お茶とお菓子を広げて、たくさん話をした」
光景が、頭の中に浮かぶ。
崖から落ちて偶然出会った聖騎士は、僕らの出会いを運命と呼んだ。
『きっと君は、私を好きになる。だって私はもう、君に惹かれているからね』
あれは、小説の中でシュメリがバルトに言うセリフだ。
(僕が、バルトからシュメリを奪ったの?)
ドクン、と心臓が揺れた。
ドクドクと鼓動が早くなる。
(苦しい、シュメリ、苦しいよ)
前足をシュメリに向かって伸ばす。
「どうしたんだい? リンネ」
前足を握って、シュメリが僕の顔に手を添えた。
シュメリの指が口元に掛かる。
その指をチロリと舐めた。
ボンと地味な音がして、煙が舞い上がった。
「こほ、けほ……煙たい。これ、何?」
僕は前足で顔を拭った。
前足……だと思ったそれは、人の手の形をしていた。
「……え?」
自分の姿を眺める。
人の手足と、体。
尻尾が生えている。
頭には、耳がある。
「人に、なった」
ビックリしすぎて、感動が薄い。
テラスのガラスの引き戸に、僕の姿が映っている。
十代後半くらいの少年の姿だ。
顔はもう少し幼く見えるけど。
それ以上に、とんでもないことに気が付いた。
僕は、裸だ。
(そうだよね! 猫って服着てないもんね!)
ぶわっと風を切るような音がして、何かが陽の光を遮った。
暗くなったと思ったら、シュメリの上着が僕の体に掛けられた。
「シュメリ」
僕はシュメリの膝の上で、シュメリを見詰めた。
シュメリの顔が、泣きそうに歪んでいる。
伸びてきた手が躊躇なく僕を抱きしめた。
「戻ってきてくれた、リンネ」
抱きしめる腕が強くて、震えていた。
「心配かけて、ごめん。でも僕、まだ何も、思い出せてない」
シュメリが体を離して、僕を見詰めた。
「やっぱり、忘れていたのか。私との約束も?」
「……わかんない」
シュンとして、俯く。
僕の頬に、シュメリが手を添えた。
「大丈夫、私が必ず取り戻す。今は、顔を見せて」
言われた通り、顔を上げた。
シュメリの顔が近付いてくる。
「私の愛しい、リンネ……」
こんなに顔が近付いたら、くっ付いちゃいそうだ。
さっきとは違うドキドキが、胸の奥で加速した。
「リンネ!」
テラスの入口から、バルトの声がした。
「戻ったのか?」
駆け寄ってきたバルトを、シュメリがねめつけた。
「良い所だったのに。よくも邪魔をしてくれたね」
「は? 俺にもちゃんとリンネを見せろ」
「嫌だよ。私のリンネだ」
「まだそうと決まった訳じゃない。嫁に出すとは言ってねぇ」
シュメリとバルトがイチャイチャを始めた。
いいぞ、いいぞ、もっとやれ。
やっぱりシュメバルは、この世界の正しいカプなんだ。
ポン、と軽い音がして、また煙が上がった。
「うな?」
自分の手足を眺める。
また猫に戻ったようだ。
「リンネ!」
シュメリとバルトが、息ピッタリに叫んだ。
「そんな、どうして……折角、人の姿に戻れたのに」
シュメリが慌てている。
「そもそも、何をきっかけに戻ったんだ?」
「わからない。いつものようにリンネを愛でていただけで」
「それじゃ、わからねぇな」
バルトが呆れ気味に零した。
「なーぅ」
ごめん、二人とも。
僕にもわからない。
「けど、これで人に戻れるってことは、証明されたね」
「あとはきっかけ探しか」
シュメリとバルトが、僕を見詰めた。
あんまり見つめられると、怖い。
僕は身を縮こまらせた。
「あぁ、ごめんよ。リンネ」
シュメリが、優しく背中を撫でてくれた。
本当に、何がきっかけだったんだろう。
僕の頭の中には、シュメリの指先や、近すぎた顔が浮かんでいた。
(ちょっと、ドキドキした)
このドキドキを知っている気がする。
僕は、こんな風に誰かにドキドキして、会えるのを楽しみにして。
何かを、お願いしたんだ。
とても大切な、何かを。
(何かって、何だっけ……?)
シュメリの手に酔いながら、そんなことを少しだけ思い出していた。
お股ポテト
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はるにし
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コメント
1件
ああもう、めちゃくちゃ良かったです…!😂 人型に戻ったリンネくん、しかも裸だからシュメリが上着をかけるっていう、その気遣いに胸がキュンとしました。それに「戻ってきてくれた」って震える声で言うシュメリが切なくて…。でも一番じわっと来たのは、リンネが「ちょっとドキドキした」と自覚するところ。自分の恋の始まりを、まだ覚えていないのに思いかけている感じが、たまらなく甘酸っぱいです。シュメバルのイチャイチャも相変わらずで、にやにやが止まりませんでした!🫶