魔封ゲートから一転、この場はまるで戦うためだけの空間となっている。目の前にいるのは、かつて同じパーティーだった勇者グルート・ベッツだ。
――とはいえ、無理やり誘われた挙句自分たちの弱さを認めずに追放されただけだった。窮地に陥ったことが覚醒に繋がったか、あるいはルティシアと運命的に出会ったことが良かったのか。
そしてこの戦いは脆《もろ》さを見るもののようだ。エルフが人間《おれ》の過ちと罪悪の業《ごう》を認めるための試練らしいが、奴らを滅したことによる罪悪感があるかといえばそれはあるわけがない。
幻影であれ、奴に有利な状況を作り出しているのもエルフの狡猾さを感じる。
「フハッ、どうしたのかな? やはり錆びた剣に絶望して諦めているのかい? 僕はそれでも君を斬ってあげるけど」
「……いつでも斬ってきて構わないぞ。錆びた剣だから弱いと決めつけるのも、あんたの弱さだろうからな!」
装備だけで判断する辺り、性格の悪さも再現しているようだ。
「フ、フハハ……錆びた剣もそうだけど、アックくんはいつも同じ格好をしているね。何だい、その特徴の無い灰色でみすぼらしい装備は! 残念だなぁ、この場に賢者と聖女がいれば一緒に笑ってあげられたのに」
どこまでの記憶か分からないが、賢者テミドに手を下したのは紛れもなく勇者なのだが。
奴の剣そのものにも物理攻撃に対するデバフが含まれていればそれなりに苦戦するかもしれない。幻影勇者の剣技が果たしてどの程度のものか。
「笑いたかったら、さっさと斬りかかって来たらどうだ?」
「ほざくな!! 荷物持ちがぁっ!!」
ようやく怒りを露わにしたグルートは勇者のオーラを全身から発し始めた。まるで自ら亡霊と認めるような淡い燐光《りんこう》をまといだしている。グルートは、出会った当初から脅威を感じない華奢な勇者と見ていた。それに引き換え荷物持ちにされたおれは、倉庫の仕事をしていた関係で体格では劣っていなかった。
勇者でありながら、奴自身は見えない弱さに苛《さいな》まれていたのだろう。だからといって奴に対して罪悪感や滅したことによる後悔は無い。
エルフからの試練は奴に対する迷いがあるかどうかを試すもの。それと同時に、人間の脆さを確かめるつもりがあるのだろう。
「ううううぅぅ!! ああああぁぁぁっ! 死ねぇっ!!」
「――突進系か!」
勇者らしからぬ自棄《やけ》になったような突進攻撃は、避けるのも容易いことだった。幻影や亡霊であれば不意打ちによる出現も可能だったはずだが、奴はひたすら突っ込んで来た。受け止めることも考えたが、ここは左右のステップで奴をかわす。実のところ、奴が言うように錆びた剣には特に何のスキルも付与されていない。
奴の剣が実体あるものかはさておき、何かしらの影響を受けそうな予感がある。この剣がいずれ何かに変わるにしても、今ここで防御のためだけに使うべきでは無いと判断した。
◇◇
突進攻撃を避けても奴はすぐに剣を構え直す。そして何度も突っ込んで来ているのだが、こちらも特に受け止めず避けるだけの無駄な時間が繰り返されている。
「ハァハァハァッ……く、くそが!」
「何だ、突っ込んで来ることしか出来ないのか? Sランク勇者の剣技を繰り出してもいいのに」
「だ、黙れっ!! こ、こんな所で時間を――ち、畜生!!」
何か妙だ。
息を切らせているのも謎な上、奴自身が勝手に焦っているように見える。避けているだけで迷いと取られても面倒なので、錆びた剣で攻撃に転じることにした。
肩で息をするグルートに対し、おれは剣を中段に構え多連撃を繰り出す。胴体に対し水平斬りを実行、上段からは二段打ちを連続で打ち落とした。しかし正直言って攻撃力は高くは無い。
奴は手にする剣でいくつかをパリィ《弾く》するが、素早さが追い付かないのか肩や胴に切っ先を受けてしまっている。切り傷はまるでなく、出血も見られない。
「あんた、幻影じゃなくて亡霊なのか?」
やはりそうなのかと奴に問いかけると、
「……ハッ、だからどうした? 亡霊だからと手抜きと油断をする君は、実に浅はかで脆い奴だな」
「未練でここに現れたのかは知らないが、おれに消されるか冥界に戻されるのが先か、どっちがいいんだ?」
「フハハッ!! 消されるのは荷物持ちのお前だ、アック・イスティ!」
それまで肩で息をするほど弱っていたが、限られた時間が迫っているのか手にした剣を正面に構えた。それと同時に、奴の足元からは黒い影のようなものがうごめく。
影がおれに向かって来る様子は見られないが、あれがお迎えだとすればなおさら攻撃を受けるわけにはいかない。
「戦いの未練を残したのは、どうやらお互い様だったようだな」
「ヒャハ、ヒャハハハハハ!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
おれのレイヴンコートに奴の剣が命中する。だが被物理攻撃が無効である以上、攻撃によるダメージは認められない。
――にも関わらず、グルートは執拗に何度も打ち落としてくる。こうなると勇者だった頃の虚しい強さだけがこの場に残るだけだ。
奴の攻撃はすでに命中度外視の乱発攻撃。対するこちらは、冷静に相手の動きを見ることが出来る。無効な攻撃を受けつつ、徐々に細かいフェイントを入り混ぜていく。攻撃発生を早くさせ、奴との距離を詰めながら連撃ラッシュを浴びせる。
四肢はもちろんのこと、肩、胴、関節に至るまで余すことなくダメージを与え続けた。すると出血こそ無かったグルートの全身が、下半身の支えを失ったように崩れていく。
そして、
「……くぅっ……く、くそおぉぉぉぉぉぉ!!」
「もういいだろう、グルート」
「ぐ、ぐぅぅぅ……! こ、こんな……こんな……」
終わりが訪れたのか、グルートの足元の影が奴の全身部分に広がりを見せている。
エルフからの試練もこれで終決か。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!