ふっとため息にも似た声が漏れる。
「さすが、副隊長だな。長年の相棒でもある。颯には隠すつもりはない」
そう言って少し長い過去の話が続いた。
「そんなことってあるんだね。わかったよ。樹がいない間、俺が全力で小夜ちゃん守るからさ」
「すまない。俺が隊で一番信用できるのはお前しかいない。性格に難はあるが、剣技は認めている」
「うぇ。それって褒めているの?」
何を話しているのかは聞こえてこなかったが、楽しそうな二人の声が台所まで聞こえてきた。昔からの付き合いなのだろうか、そんな感じがした。
「あの、夕食の準備が出来たので入ってもいいでしょうか?」
「もちろんだ。運ぶのを手伝う」
月城さんが部屋から出て来た。
「俺も手伝うよ」
「お前は邪魔だから座っててくれ」
「樹、言葉がキツイよ、だから鬼隊長なんて言われるんだよ」
いつき……。そうだ、月城さんの下の名前は樹さんって言うんだった。
下の名前で呼べるほど仲が良いのだろう、そう思ったのと同時になぜか違和感を感じた。
いつき……。初めてではない、どこかで聞いたことのある名前。父と母の知り合いにいただろうか、それとも患者の中で……。
「小夜、どうかしたのか?」
違和感について考えていると話しかけられ、この時は深く考えるまでに至らなかった。
「小夜ちゃんの夕ご飯美味しい!」
「そう言っていただけると嬉しいです」
三人で夕食を囲んだ。
「私も本当に久しぶりにこんな大人数で食事をします。楽しいです」
「大人数って言っても、三人じゃん。でも、俺も楽しいよ」
美味しいと何回も言いながら食べてくれている。掴みどころがない人だが、悪い人ではないみたいだ。夕食を食べた後、小野寺さんは一旦帰ると言う。
「ごめんなさい。泊まれるお部屋がなくて」
「いいのいいの。明日からよろしくね」
「それに、樹の邪魔したら怒られるし……っぐはっ!」
小野寺さんが何かを言いかけた時、月城さんが脇腹に肘打ちをした。
「何か言いかけました?」
「ううん。なんでもない。じゃあ、小夜ちゃんまた明日ね」
おやすみと言って、小野寺さんは帰って行った。
近くの宿舎に泊まるらしい。
「煩い奴も帰ったし、風呂に入って休むか?」
はぁと一息ついたのが聞こえた。
「小野寺さんと月城さんって仲が良いんですね」
「そう見えるか?」
少し怪訝そうな表情。
「なんだか楽しそうで」
やり取りを思い出すと笑ってしまった。
「いいんですか?先に入っても」
お風呂が沸いたので、先に月城さんに入ってもらおうと思って声をかけたのだが
「当たり前だろう。たまには先に入れば良い」
少し悩んだのだが
「わかりました。ありがとうございます。じゃあ、先に入らせてもらいますね」
熱めのお湯に入る。
明日からしばらく月城さんはいない。
三日間ほど一緒に居ただけなのだが「いない」と考えると心が虚しい。
襲われることを考えて、恐いと感じているわけではない。
明日から小野寺さんが来てくれるのだ。
本当は、私が月城さんたちがいる本部へ行けばいいだけの話を我儘を言って、待ってもらっているのは自分なのだから。
どうしてこんな気持ちになるのだろう、両親が亡くなってからずっと一人で過ごしてきた。
なのになぜ「寂しい」などと。
「うぅぅぅ……」
考えれば考えるほど深みにはまっていき、変な声まで出してしまった。
その時
「小夜、大丈夫か?いつもより長い気がするが…」
風呂場の外から月城さんの声がした。
いつまでも出てこない自分を心配してくれたみたいだ。
「あ、ごめんなさい。今出ますね」
湯舟から出ようとした。
しかし、頭に靄がかかったみたいに、そして立ち眩みがしてフラフラする。長湯をしたせいで、完全にのぼせてしまった。
このままだと倒れてしまう。
せめて身体を拭いて、着物だけでも羽織らないと。
そう思い、脱衣所へと歩く。数歩の距離だったが、倒れ込みそうになった。
膝をついて転倒は防いだが、棚に手をついたまま、うずくまるだけで立ち上がることができない。
「小夜……?」
月城さんが私を呼んでいる。
なんとか答えないと。
けれど、頭が真っ白のままで働かない。
「悪いが、入るぞ」
扉を開けた時、うずくまっている私を見て
「大丈夫か!?」
月城さんはとっさに大きめの手ぬぐいを被せてくれた。
「のぼせちゃっただけです……恥ずかしいです」
「できるだけ見ないようにはするが、すまない」
彼は上から着物を羽織らせてくれた。月城さんに持ち上げられ、部屋へと運ばれる。布団の上へ寝かせられる。
「ちょっと待っていろ」
そう言うと水を持ってきてくれた。頭を抱えられ、水を飲ませてもらった。
どのくらいの時間、布団の上で横になっていただろう。
気付くと、頭の上には冷たい手ぬぐいが乗せられている。
隣には心配そうな顔をして、私を見ている月城さんがいた。
「大丈夫か?」
「はい」
先程より大分回復した。
「なぜのぼせるほど、入っていた?」
「いろいろと考え事をしてしまって、気付いて湯舟から出るころにはもうフラフラになってて……ごめんなさい」
こんな私の首や額を冷たい手ぬぐいで拭いてくれる月城さん。
「返答がないから心配した。敵襲ではないことはわかったが」
「もし小夜に何かがあったら、俺が近くにいる意味がない」
「手ぬぐいを冷やしてくる」
淡々としているが、どこか悲しそうな声色だった。
「待ってください」
立ち上がろうとした月城さんを呼び止めた。
「どうした?」
「私……月城さんが明日からいないって聞いて、すごく寂しくなったんです」
自分でもなぜこんなことを伝えているのだろうと思った。
「いつも一人で生活をしてきて、寂しいとか感じたことがありませんでした」
なぜか涙が頬を伝った。
「たった数日一緒に居ただけなのに。月城さんは仕事として私の近くに居てくれているだけなのに、そう考えると悲しくなってしまって。初めての感情で自分が何を求めているのかわからなくなってしまって……」
黙って話を聞いてくれていた月城さん。
「泣くな」
そういって、私の涙を自分の人差し指で拭ってくれた。
「任務が終わったら必ず戻ってくる。小夜は俺が絶対に守る」
少し考えたあと
「仕事だと言われてしまえば、その通りとしか答えようがないが……」
「戻ってきたら話したいことがあるんだ。それまでに俺も考えたいことがある」
そう言った月城さんは、優しい顔をしていた。
「それまで待っていてくれ」
「わかりました」
その後もしばらく月城さんは私の隣に居てくれた。
もちろん下着も着ないまま倒れてしまったので、動けるようになったらすぐ支度を整えた。
「月城さん、私はもう大丈夫なのでお風呂沸かし直して入ってきてください。ご迷惑をおかけしました」
私の顔色が戻ったのを見て
「わかった。しかしもう夜遅いから、俺が戻って来るまで待っていなくて構わない。横になって休んでてくれ」
「はい」
せめて風呂場まで行って一緒に沸かし直そうとしたが
「ダメだ。横になって休んでいなさい」
私が横になったのを確認して彼は部屋から出て行った。
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