テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
街灯が、ぽつぽつと夜道を照らしていた。遥の足音だけが、アスファルトに静かに響いている。
屋上から降りてきたのは、いつだったか思い出せない。
気づけば下校時刻はとうに過ぎていて、校舎の窓にはもう明かりはなかった。
制服のまま、カバンも持たずに歩いていた。
肩にかかる冷気が、今夜の孤独を教えてくれる。
家には帰りたくなかった。
でも、行く場所もなかった。
ただ、歩いているしかなかった。
その角を曲がったとき──ふと、前方に人影があった。
「……遥」
その声に、遥はわずかに肩を震わせた。
見慣れた制服、見慣れた顔。
日下部が、街灯の下で立っていた。
「……何してんの、こんな時間に」
遥は答えなかった。
けれど、日下部もそれ以上、問い詰めなかった。
少しの間、沈黙が流れる。
「帰るとこ?」
「……わかんねぇ」
それだけ言って、遥は視線を逸らした。
日下部は小さく息をついて、少しだけ距離を詰める。
「……カバン、置いてきた?」
「ああ。……べつに、いいよ。いらねぇし」
その言い方が、どこか無理に軽さを装っていて、
日下部は一瞬だけ、手を伸ばしかけたが──やめた。
そうじゃない。
そういうときに、簡単に触れちゃいけないってわかってた。
「……玲央菜に、怒られた」
遥がわずかに目を見開いた。
けれど、すぐに眉をひそめ、口を噤んだ。
日下部はそれ以上、何も言わない。
“だから探してた”なんて、言う気はなかった。
あいつに、遥がどう思われてるか。
それを伝えることで、余計な痛みを与える気はなかった。
ただ──
「帰るなら、送る。……それだけ」
言葉は短く、抑えられていた。
それが、遥には逆にまっすぐに響いた。
「……別に、おまえのせいじゃねぇよ」
それが精一杯だった。
日下部は、うなずきもしなかった。
けれどその表情には、かすかに何かが揺れていた。
二人は並んで歩き出す。
会話はなかった。
沈黙があった。
でも、それを遥は「耐えられる沈黙」だと思った。
──守るとか、守られるとか、
そんなこと、わからなくても。
今はただ、この歩幅で一緒に帰れることが、
まだ、自分を保っていられる理由だった。