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「馬鹿か。どうみても出世だろ。営業先で色んな声を聞いたから、それをまとめて提出したら思いのほか好感触だったんだ。だが、営業課の奴らには説明しといたぞ。
『蓮川の婚約者は、未だにお風呂にママンと入っていて、それを見た蓮川が逃げ出して破談になった』と」
――酷い。色々酷い。
彼には散々傷つけられたけど、そんな根も葉も無い噂が流れちゃうなんて。
地元が遠くて良かったなって、感情移入してしまった。
「で、お前の弟は正しいな。俺が殴ったら、差し歯が飛んだよ。
あれ、お前の退職金を慰謝料にしたらしいな」
そこまで話したんだ。彼は。
なんか遠くの異国での話の様に聞こえてくるけど、一応私にも関係ある話なんだよね。
他人事のように聞こえてしまうのは、部長が淡々と、何気ない一コマのように語るからだ。
さすが、トークは上手い。
「だか、俺は怒ってるんだぞ、蓮川」
「――はい」
「同じ職場で働く以上何でも相談しろって言ったろーが。もう少し早く俺に相談してたら反対してやってたのに」
「部長……」
そんな仕事でも『とろい』とか『押しが弱い』とか散々怒られていた私が、部長に恋愛相談なんて出来るわけないのに。
「何を言われて地元まで逃げて来たのか知らないが、負けたらダメだって言ってるだろーが」
「――すいません。でも、ここじゃなきゃ心の整理は着かないんです。まだ、実は着いてません。まだ現実を上手く受け入れて、前を向いて歩くのは難しい、です」
そうだ。
私は逃げてきた。あの街に居たら、彼の思い出とか、診断結果とか、
あの夜のこととか、全て全て思い出しそうで。
――侑哉がいるこの街に逃げて来たんだ。
「――まだ腐ってんな」
灰皿に煙草を押しつけると、二個目煙草に火を付ける。
「『でも』『だって』。ああ、うぜー。お前は根性あるから期待してたのに鍛えないとすぐ才能を無駄にする」
別に営業の仕事が嫌いで逃げてきたわけじゃないもん。
そう部長の意見をさも一般的な意見の様に言ってくるのはどうかと思う。
で、デリケートな問題なんだから。
「言いたいことは、目で言うな。俺はエスパーじゃねぇぞ」
「い、言えません。来てくれたことには感謝してますし、会えて嬉しいですけど、
――受け入れるのに時間が掛かる問題なんです。簡単に話せる軽い話じゃないです」
「誰が軽い話を聞きたくて有給使って会いにくるかっての」
ヂリッ
まだ半分以上残っている煙草を灰皿に押し付けながら、部長はそう言う。
睨まれると、身動きが取れなくなる。
「有給?」
「お前を連れ戻しにきた」
その言葉に目を見開いてしまう。
こんな小娘一人、部下だってだけで連れ戻しに来るなんて。
普段の冷たそうな部長からは想像できなかった。
クールで、営業の時だけ怖いぐらい笑顔になって。
感情なんて読めなかったのに。
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