「おい、どこだ!」
その夜、男は庭に出て女を探した。
細かく雨が降っている庭は空気が湿っていて乾いた服が水を吸って重たくなっている。
「ずっとそばにいるって、俺の未来を見届けるって言ってただろうが…!」
自分以外に人影がないことをいいことに、
男は大きく舌打ちをした。
そして疲れた体に鞭を討ち女の姿を探した。
すると、庭から少し離れたところで
騒ぎ声が聞こえる。
不思議に思って声がする方へ近づく
と真っ黒な影が3つ、
男が2人と先を歩く女の姿が見えた。
…あの女だ!
「おい!お前ら何をしている!」
男の声に2人の男が振り返った。
すると2人はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「これはこれは、水の名家の
嫡男様ではないですか。」
「こんな夜更けまでお仕事ですか?」
『……。』
……アイツ、なんで黙って顔を逸らしてんだ?
「質問に質問で答えるな、お前らは俺の質問にまず答えろ。」
「あぁ、すみません
…お父様の命令でこの女を始末するよう言われたので今から殺そうとしてたんです。」
「⁉、殺す…!?」
「嫡男様はこの女に洗脳され、貧乏人に金を振りまく阿呆になられたとそこの老人が教えてくれました。」
…そこの老人?
男が指先の指す方向を見るとそこには
ー 綺麗なお花をもらったわ! ー
「!…」
男が助けた“あの時”の老人が立っていた。
「お前ェ!!」
男の怒鳴り声に老人はきまづそうに
顔を逸らした。
「俺が助けてやった恩がこれか!
こいつらには金で買われたのか!」
「……。」
「嫡男様、そちらの方はこの女の後にしてくださいますか?」
『ひゃっ…。』
「!…」
ジャラッ、と揺れる鎖が男の目に映った。
「や、やめろ!その女を殺すな!」
「嫡男様はお父様のご意思に
逆らうおつもりですか?」
「ッ…そ、それは..。」
「我々に歯向かうということは
お父様のご意思に歯向かうも同じ、
となると貴方のことはお父様に
報告しなければなりません。」
「!……」
「おやおや、それは大変だ、
前みたいに叩かれて、暗い場所に閉じ込められちゃうかもしれませんね。」
「っ…うう…で、でも…。」
『いいわ、私を殺しなさい。』
「!」
女の声が夜空に響いた。
『どの男も本当にバカね、私のことを殺すならとっとと殺しなさいよ。』
女は凛とした様子でそう言って
すっと背筋を伸ばした。
「へぇ…たまげた、
なんと肝の据わったお嬢さんだ。」
『よく言われるわ、
さぁ、はやく殺しなさい。』
「お、おい…やめろ!お前が死んだら…
俺は!」
『貴方。』
その時、女の声が少し和らいだ。
『よかったわね、
これで貴方の未来はかなったわよ。』
「え……?」
『「あなたは人を殺す」、
貴方は私を今から殺すのよ
…私の予言通りじゃない。』
「!」
女の言葉に男は絶句した。
女の言う通り、
もしこのまま女が死ぬのを見届けると、自分は女を殺したことになる。
『貴方は優しい人よ、
その優しい心が私のために
潰されると思うと、とても辛いわ
貴方には、もう苦しんで欲しくない
私が死んでも貴方のお金や
名誉には何のダメージもない、
…それに、私、貴方に嫌われてるみたいだし
ここで私を殺すのが合理的で賢い選択よ?』
ー 私がずっと傍にいるわ ー
ー 貴方、おかえりなさい ー
ー あなたって優しい人なのね ー
……でも、
「そんなの嫌だ!!」
気づいたら、男はそう叫んでいた。
そして思考よりも体が前に動いて、
男は生まれて初めて
父親の従者を殴り飛ばした。
『えっ、ちょ…貴方、ひゃっ!!』
「お前ら!親父に伝えろ!
この女は俺のもので、
お前の所有物に対する執着と同じくらい
この女は俺にとって
なくてはならないものだとな!」
『っ!?』
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
「に、にげろぉぉおぉ!」
女の肩を抱き寄せ、
男はそう怒鳴り声をあげた
。
獣の雄叫びにも似たその轟音は
地面に尻をついた従者を
蜘蛛の子のように散らしていく。
「はぁ、はぁ……おい、大丈夫か。」
『……なんで、』
「?」
『なんで私を助けたの!
そのまま殺してればよかったのに!!』
「!……」
『なんてことをしてくれたの!
貴方が私を殺す未来で一番マシな未来が
台無しよ!
貴方に嫌われるために生意気なことを言って、ひたすらお馬鹿さんって罵ったのに!
これじゃあ私の努力が水の泡よ!
貴方にとって大嫌いな女になろうと
思ったのに!
貴方の馬鹿!ろくでなし!
あほあほ最低最悪クソ男!』
「…。」
女は怒鳴り声をあげて泣き叫んだ。
そして男に石を投げつけ、近くの崖に
身を投げようと走った。
しかし、男はそれをさせまいと
手を掴みさらに強く女を引き寄せた。
「お前が好きだ。」
その瞬間、女の目が見開いた。
「どんな服を着ようと、
言葉を言われようと
全部無駄だ。
…好きになった相手を
殺すなんて俺にはできん。」
『…。』
「好きだ、だから死ぬな。」
『…。』
女は糸が切れた人形のようにその場で
崩れ落ちた。
『……もう。』
「?…」
『もう、そんなこと言われたって遅いわよ
私、死ぬのよ
…あと1ヶ月で。』
「未来水性病」
水の商売をする水の一族と出会うと寿命が
縮む代わりに、
未来を予測する能力を得ることできる
極めて特殊な病気だ。
そして女は生まれてすぐに
その病気にかかった。
女は生まれてからずっと水の精霊の血を持つ人と会ってはならないと親に言われ
友達も、出かける場所も制限された窮屈な暮らしをしていた。
そのうえ、疲れやすい体質だったこともあり商売の手伝いもできず、
次第に親からは邪魔者扱いされ売り飛ばされることが決まった。
女はすっかり冷めきってしまった家族からの愛情に悲しんだ。
そして、兄弟も相手にしてくれなかった女は
次第に窓の外に見える美しい青年を見ることが楽しみになっていた。
すっきりとした顔立ちの爽やかな印象を与えるその青年は水の精霊の血を持つ人物で
自分の家庭と小競り合いをしている
家の嫡男らしい。
「…素敵な人ね。」
女はその男に恋をした。
そして、ほんの興味心で男の未来を
調べてみた。
するとそこには
親から厳しく育てられ、その反発で沢山の人に迷惑をかけ、恨まれ、馬車の移動中に殺されるという未来が残されていた。
…そんな、あんなに仕事を手伝っているのに、家族から愛されてないなんて、なんて可哀想なの。
男の未来に女は胸を痛めた。
しかし、それと同時に発見もあった。
女自身の未来である。
少女時代に恋をした男を改心させ、男に幸せを与えるが、その男に殺されるか自身の病気で
命を落とす。
…私の命で、あの人が幸せになる。
女は窓からもう一度、男を見つめた。
…私、あの人と恋人になりたい。
でも、もし両思いになって私が死んだら
きっとあの人は悲しむはず、
私は、あの人の幸せさえあれば
自分の命なんてどうでもいい。
どうせ死ぬしね。
……よし、嫌われ役になって
あの人を幸せにだけしよう。
あの人が幸せになるだけで私は幸せだもの。
それがいいわ。
こうして、女はのちに売り物となって見ず知らずの男達の相手をするより、
一目惚れした孤独な男を救う人生を
手に取った。
『…だから、私は死んじゃうのよ
1ヶ月で。』
「お前…馬鹿なんじゃないか。」
女から全てを聞いた男は
女を抱きしめて背中と肩に顔を預けた。
「お前が俺と出会ったことがきっかけで死んだら、一生俺が幸せにならねぇじゃねぇか!俺が…はじめからいい男で、暗殺にも負けないくらいに強くて、医学に精通している医者とかになってたら!」
『…仕方ないわ、これが運命よ。』
「仕方なくねぇ!…お前が死ぬなんて、俺は嫌だ!」
『…。』
男は泣きながら、さらに強く女を抱きしめた。
2人が出会った瞬間、
もう男と女の未来は最悪なものへと決まっていた。
女が売り物として生きる道を選べば、
男が死んでしまう。
男が父親と違って礼儀の良い青年として生きていれば、敵一族の女は眼中に入らず、結ばれるきっかけが生まれない。
「…お前が、ずっとそばにいるって言ってくれたこと、俺は嬉しかった。」
『ええ、私も好きって言ってくれてとっても嬉しかった。』
「こんな未来…嫌だ、来て欲しくない。」
『私も…できることなら貴方と一緒に歳をとりたかった。』
「…。」
男は涙をぽたぽた落としながら優しく女の髪を撫でた。今抱きしめている小さな体が、細い腰が柔らかな髪が、あと少しでなくなってしまうのだ。
それが信じられなかった。
恐ろしくて怖くて悲しくて悔しくて
どうすればいいのか分からなかった。
『ねぇ、貴方。』
女が優しく男の背中をさすった。
『私、残りの1ヶ月、貴方と一緒にいたい。
悲しい未来しか待ってない私と
一緒になってくれる?』
「……当たり前だ。
どんな未来でもお前のそばにいる。
終わりが来るまでどうか俺の妻でいてくれ。」
男はそう言って女の髪を撫で、頬に触れ、
唇を塞いだ。
男も女も涙で頰が濡れて、
雨上がりの湿った空気で肌と唇がしっとりと冷たかった。
コメント
6件
更新ありがとうございます…😢😢😢 ねつきさんの物語の展開の仕方の素晴らしさや、物語の内容など、 それら全てが相まって、開いた口がずっと塞がりませんでした… ハッピーエンドに向かっていることを願います…😭
素敵です...!ねつきさんのお話は言葉一つ一つが丁寧につづられていて、毎度世界観に取り込まれてしまいます .....なんていい話しだあっ😭