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「つら、かった………?」
「ツラかったとは何か?」
「分からない分からない」
「いや、辛かった。俺はたしかに辛かった」
「なぜ俺たちの心が解る?」
「恐ろしい。 この巫女は畏ろしい」
程なく、この道行きに彼らも漠然と加わり、これが呼び水になったのか、いつしか女性の後ろには、群れをなす行列ができていた。
こうなれば、もはや一種の行軍だ。
足取りも軽やかな彼女を先頭に、おどろおどろしい隊列がぞろぞろと、大手を振って暗い坂道を進んでゆく。
「あの方は誰か?」
三目の鬼が、隣を歩む牛頭鬼に訊ねた。
「知らぬ。 知らぬが──」
「畏ろしい方だ」
近くの馬頭鬼が、目を細めながら応じた。
「なにが畏ろしいのか?」
「分からぬ。分からぬが──」
「存在自体が畏ろしい」
「本来、ここに在ってはならぬ御方よ……」と、年嵩の鬼が口を挟んだ。
「このような荒れ地に、元より咲いてよい花ではないのだ」と。
「人ではないのか?」
「鬼ではないのか?」
「人は我らを見れば悲鳴を上げる」
「鬼が我らの頭を撫でるものか」
「撫でられたのか?」
「羨ましい羨ましい!」
しばらくの間、愚にも付かないやり取りが続いた。
その末に、黄泉醜女が甲高い咳払いを加え、周囲の注目を引いた。
「鬼が死反の祝詞など宣るものですか」
「そうです。 少しは頭を使って考えなさい」
「あなた方も、そう言われたでしょう?」
折しも、先頭のほうから「八……………」と、よく通る女性の声が聞こえた。
「あの方は、黄泉帰ってしまうのか?」
「我らを置いて帰るのか?」
「ついてゆくことは出来ぬのか?」
「いや、そうでは無かろう」と、目鬼が自慢の耳をヒクヒクと働かせた。
「あれは違うぞ? 響きが違う」
「どう違うのだ?」
「………説明はできん」
たちまち、一帯に深い溜息が浸透した。
「あれは、喚ぼうとしているな………」
同胞たちの体たらくを見かねたのか、水鬼が小難しい顔で述べた。
「俺は一時、遠呂智の傍に居ったから分かる」
「オロチとは何だ?」
「何だ? なにを喚ぼうとしている?」
「………八重垣」
いや違うと直感した。
現在の彼女に、それはまだ扱えない筈だ。
何をもって、そのように判じたのか分からない。
知るはずのない事柄。 覚えのない記憶。
ただ、私はこう考えた。
だって、あれらはまだ───
「………そうですね? だって、まだ生まれてすらないんですもの」
全身に鳥肌が立った。
目覚めろ。 はやく目覚めろと、頭の中で警鐘を鳴らすも、私の身体は言うことを聞いてくれない。
「羽、飛鳥川、天水鏡、星宿、逆茂木、糸切鋏。 そして、番外の一と了」
まるで、書き損じの許されない封書など認めるように。
念入りに、慎重に、一語ずつ押し並べて唱えた女性は、こちらにゆらりと視線を定めた。
これは夢だ。 夢のはずだ。
「そこな貴女───」
ダメだ。 はやく目を覚ま
「娘を………、あの子を、くれぐれも頼みましたぞ?」
え……………?
間近に見た彼女の顔は、荒々しく勇ましい表情を装っていた。
それはさながら、女帝とは斯くあるべきと、当人が定めた虚像を体現するように。
しかし、その裏側に潜む何か。 穏やかで柔らかな気配が、木漏れ日のようにチラチラと垣間見えた気がした。
そんな彼女の面差しに、友人の顔がダブって見えた。