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ユウトが王都へと到着した同日。
王都のとある屋敷にて建国祭のために各地から集まってきた多くの貴族がパーティを開いていた。煌びやかな装飾が施された大広間には豪勢な料理が並べられ、その周りではグラスを片手にパーティの参加者たちが楽しそうに談笑をしている。
そんな賑やかな室内とは対照的にその屋敷の外には静寂と暗闇に包まれた綺麗な庭園が広がっていた。昼間に見れば素晴らしい庭なのだろうが、誰もいない夜には何だか不気味な雰囲気が漂っているように見える。
そんな庭園に屋敷の中からとある二人がやってきた。
一人は綺麗な銀髪をなびかせ、薄桜色で少し装飾が控えめなドレスを着ている15歳ほどの少女。そうしてもう一人は黒い執事服を着た若い男性である。おそらくこの屋敷で開かれているパーティに参加している貴族の令嬢とその付き添いなのであろう。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。やっぱり私には少しあのような場所は…」
執事が元気のない貴族令嬢の様子をとても気にしているようだ。
貴族令嬢は庭園に設置されているベンチに静かに腰を下ろす。
「お嬢様、もしご気分が優れないようでありましたらこちらをお使いください」
ベンチに座っている令嬢と目線を合わせるように跪いた執事は懐からある小瓶を取り出した。差し出された小瓶の中には謎の紫色の液体が入っていた。それを見た少女は不思議そうな表情で執事に尋ねる。
「これは…何ですか?」
「この液体はリラックス効果のある匂いを発している薬液です。ご気分が優れない様子なのでぜひこちらの香りで落ち着かれてはいかがでしょうか?」
執事は優しく微笑み、手に持った小瓶を少女へと手渡す。
それを聞いた少女は先ほどまで少し硬くなっていた表情を和らげて笑顔を見せた。
「そうなのですね!お気遣いありがとうございます、リチャード」
少女はリチャードと呼ばれる執事に感謝を伝えると手に持った小瓶の栓を抜き、手で仰いでリラックス効果のあるとされる薬液の匂いを嗅いだ。
「んっ、とてもいい香りですね。少し落ち着いた気が…」
次第に香りをかいでいた少女の目が虚ろとなり、体が左右にゆらゆらと揺れ出した。その次の瞬間、少女は気を失うように倒れそうになった。その華奢な体にそっと執事が手を差し伸べて怪我をしないようにと優しく支えた。執事は腕の中にいる少女の様子を確認し、ぐっすりと眠っていることを確認するとゆっくりと立ち上がった。
「…ではあとはよろしくお願いします」
誰もいないのにも関わらずそのように呟いた直後、暗闇の中から真っ黒なローブに身を包んだ二人組が音もなく現れる。そのうちの一人が執事からぐっすりと眠っている令嬢を渡されると再びその二人は闇の中へと消えていった。
「お嬢様、あなたはこれでようやく救われるんですね…」
闇に包まれた庭園にただ一人立ち尽くす執事は満足げな表情で夜空を見上げる。そこには満天の星空はなく、どす黒い雲の合間から見える大きな月が弱々しい光を放っているのみであった。
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「ふぁ~、まさかこんなに寝ちゃうとは…」
俺は王都に到着して依頼を達成した後、宿屋に向かうとふかふかのベッドで気を失うように寝ていたらしい。目を覚ますとすっかりと辺りは真っ暗になっていて自分でもこんなに寝てしまっていたことに驚いた。
そして今は宿屋で遅めの夕食を済ませ、昼間に出来なかった王都観光を食後の散歩がてらにしているといった状況である。今日はこのまま休んで明日に観光するっていうのでも良かったのだが、建国祭の日が近づくにつれて人も今以上に多くなるだろうと思ったので人の少ない夜に少し見て回ることにした。
「にしても、夜でも大通りや広場には多くの人がいるもんだな,,,」
やはり都会は夜でもあちこちにたくさんの人たちが集まっていた。
店の明かりや街灯の光が夜の街を照らして非常に物理的には雰囲気的にも明るい。
俺はある程度大通りや広場の様子を見て回ると人の少ない薄暗い脇道へと逃げるように入っていった。やっぱり俺は賑やかな場所よりもこういった静かで落ち着く場所の方が好きみたいだ。
こうして静かな場所を歩きながらリフレッシュをしてから宿屋に戻ろうと考えていた。ちゃんとした観光地は明日の昼間にでも巡ればいいだろうし、そのためにも体力は温存しておかないとね。
そんなことを考えていると、突然すぐ横の建物と建物の間にある人一人が通れるぐらいの細い隙間から誰かが飛び出してきた。ボーっとしていたこともあったが、その人物からはあまり気配を感じられなかったのも直前まで分からなかった原因だろう。俺は何とかよけようとしたがギリギリのところでぶつかってしまった。
「っ!!」
すると相手の方が全力疾走してきたのにもかかわらず、俺は少し後ろへとよろける程度で済んだが相手の方はというと後方へと少し飛ばされてしまった。これはおそらく相手とのステータス差のせいだろう。
「すみません!大丈夫ですか?」
俺はすぐに飛ばされてしまった相手に駆け寄って声をかけた。近寄って初めて気づいたのだが、ぶつかった黒いローブを着た相手は何か荷物を抱えているようであった。飛ばされてもなお大事そうに抱えていたのだが、路地の暗がりで何かは分からなかった。しかし次の瞬間、偶然にも月明かりがその一部分を照らし出した。
「えっ…それって」
その黒ローブの人物が抱えていたのは、人。
それもピンク色のドレスを着ている人、顔は見えないがおそらく女性だ。
魔力反応の感じからまだ生きているようだけれども、意識はないようだ。
もしかしてこれって…人攫いってやつ?
「……」
すると突然、頭上から同じく黒いローブ姿の人物が剣を持って襲い掛かってきた。
俺は間一髪のところで後ろへ飛び退き、襲撃者の攻撃を躱すことに成功する。
「お前たち、何者だ?」
俺は何か事件が起きているに違いないと確信し、相手の正体を探る。
外見は二人とも黒いローブで覆われているために身長ぐらいしか情報を得られなかった。
「貴様には関係ないことだ」
まあこんないかにも怪しい奴らが大人しく正体を教えてくれるはずはないよな。ただ今の俺には情報が無さすぎるので相手が悪人なのかどうかという判断が出来ない。第一印象では確実に女性を誘拐している悪者二人にしか見えないが、もしかしたら女性の方が悪者で二人が良い人という可能性もないこともない。
だが、彼が次に発した一言で俺の行動は確定する。
「しかし、見られたからには生かしてはおけない。恨むなら運が悪かった自分自身を恨むんだな」
はい、こいつらは黒確定だね。
もしかして女性を誘拐して身代金を奪おうとでもしているのだろうか?
「おい、お前は任務を続行しろ。こいつは俺が始末しておく。次、下手を打ったらどうなるかわかってんだろうな」
「もちろんです、必ずや任務を完遂いたします」
すると二人組の部下らしき黒ローブは女性と共にどこかへと消え去っていった。
「さて、すぐに楽にしてやる」
はぁ、何で静かな夜の散歩がこんな殺伐とした殺し合いになるんだよ。まあ起きてしまった者はしょうがないし、今はこの状況をどうにかするとしますか。俺は目の前の相手に鑑定を使ってステータスを確かめる。
……かなり強い相手だな、おそらく冒険者で言うとBランクってところか。
しかし、今の俺なら全然余裕だろうな。
さてさて、どう相手してやろうか。