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焚き火の炎が静かに揺れ、竹林の夜は深まっていた。藤原妹紅は、白髪の青年を前にして言葉を失っていた。彼の瞳――右は白く、左は黒く――その不均衡な輝きが、妹紅の心に奇妙なざわめきを残していた。
「君は、ずっとここにいるの?」
青年の問いは、まるで風のように軽く、しかし芯を突いていた。妹紅は炎を見つめたまま、答えを探すように沈黙する。
「……そうだ。ここが私の居場所だ。誰も来ない、誰も去らない。私には、それがちょうどいい」
青年は焚き火のそばに腰を下ろし、竹の葉を指先で弄びながら微笑んだ。
「孤独は、君を守っているのか。それとも、君を縛っているのか」
妹紅はその言葉に眉をひそめた。千年の時を生きる中で、誰も彼女にそんな問いを投げかけたことはなかった。人は彼女を恐れ、避け、ただ不死の存在として扱った。だがこの青年は、彼女の内側を見ようとしていた。
「お前は……何者なんだ。人でも妖でもない。だが、私の炎を恐れない」
青年は竹林を見渡しながら、静かに答えた。
「僕は、何も持たない者。名前も、過去も、目的もない。全部ゼロなんだよ」
妹紅はその言葉に目を細める。何も持たない者――それは彼女にとって、ある意味で羨ましい存在だった。過去がなければ、痛みもない。失ったものも、背負うものもない。
「ならば、お前は自由だ。私とは違う」
青年は首を振った。
「全てがないことは、自由じゃない。僕は自分が何者かを知らない。それは、存在の不安そのものだ。君は過去を持ち、痛みを知っている。だからこそ、君は君でいられる」
妹紅は言葉を失った。炎がぱちりと弾け、竹林に火の粉が舞う。その光の中で、彼女は初めて、自分の孤独が誰かに触れられたことを感じた。
「……お前の名前は?」
青年は少し考えるように目を伏せ、そして静かに答えた。
「名はない。でも、君が呼ぶなら、それが僕の名になる」
妹紅は炎を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「なら……“白影”(しらかげ)と呼ぼう。私の炎に差し込んだ、奇妙な影だ。髪も白いし」
青年――影は微笑み、焚き火の炎に手をかざした。
「ならば、僕は君の影として、ここにいよう。君が望む限り」
竹林の夜が、少しだけ温かくなった気がした。