千年の炎　孤独の果て

竹林の夜は静かだった。焚き火の炎が揺れ、藤原妹紅はその向こうに座る青年――影を見つめていた。白髪に白と黒の瞳を持つ彼は、炎の光を受けながら、黙って妹紅の言葉を待っていた。

「……お前は記憶がないと言ったな」

影は頷いた。その仕草は、風に揺れる竹のように柔らかく、どこか儚げだった。

「ならば、私の記憶を少しだけ話そう。お前がここにいる理由が、私の炎にあるのなら」

妹紅は目を閉じる。炎の音が、遠い昔の記憶を呼び起こす。

「私は、死ねない身体を持っている。千年を超えて生き続けている。理由は……もうどうでもいい。ただ、そうなってしまった」

影は焚き火に目を落とし、炎の揺らぎに何かを探すように見つめていた。

「時間は、私を削らなかった。ただ、周囲を焼き尽くした。人も、思い出も、すべてが灰になった。残ったのは、炎と孤独だけだ」

妹紅の声は、炎の揺らぎと共に震えていた。だがその瞳は、過去を見据えるように強く光っていた。

「私は、誰かと関わることを恐れていた。関われば、別れが来る。別れは、私には永遠に残る。だから、竹林に籠もった。誰も来ない場所で、誰にも触れずに」

影は静かに言葉を返した。

「君は、炎の中に閉じこもったのだね。それは、守るため？ それとも、焼かれるため？」

妹紅は少しだけ笑った。だがそれは、悲しみを隠すための微笑だった。

「わからない。ただ、炎は私の一部だ。消えない。消せない。だから、燃やし続けるしかない」

焚き火がぱちりと弾ける。火の粉が夜空に舞い、竹の葉を照らす。

影はその光を見上げながら、ぽつりと呟いた。

「僕は、君の炎に導かれてここに来た。記憶はない。でも、君の言葉は、僕の中に何かを灯した気がする」

妹紅は目を見開いた。炎の向こうにいる影の瞳が、確かに揺れていた。白と黒の光が、彼の心の奥に何かを映していた。

「……お前は、私の炎に触れた最初の者だ」

その言葉は、妹紅自身にも驚きだった。千年の間、誰にも言えなかった言葉。誰にも許せなかった感情。

焚き火が静かに燃え続ける。竹林の夜は、少しだけ温かくなった気がした。