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#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
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慌てて空を見上げた由宇達の目に飛び込んできたのは、御伽話さながら、箒に跨り空中で静止している魔女の姿だった。
「こりゃいかん」
電柱は慌てた口調で呟くと、先ほどの逆再生のように、自らの顔を柱の中へと沈め始めた。
魔女の肩にはいつものようにナハトが乗っており、左右には一匹ずつ、手下の鴉が羽ばたいている。
「何だい何だい、アタシとの再会が嬉しすぎて、言葉も出ないかい!?それともアレかい!?〝箒に乗った魔女〟の実物が見られて、感動してんのかい!?だとしたら、トンガリ帽子も被ってくるんだったねえ!」
魔女は高笑いしつつ高度を下げ、地上へと優雅に降り立った。
主の足がつくのを確認してから、鴉達も地面へ降り立つ。
由宇は恐怖のあまり、ナハトが口を広げて箒を飲み込むのを、ただ震えて見つめることしかできなかった。
魔女は息を押し殺している木製の電柱に目をやると、
「ほお、生きた電柱かい。珍しいねえ。しかしアタシが来た途端に隠れんぼとは、ちょいと感じが悪いんじゃあないかい?」
そう言って、フッ、と蝋燭の火を吹き消す時のように、少し離れた電柱に向かって息を吐いた。
途端——漆黒の炎が、一瞬にして電柱を包み込んだ。
「——うぎゃあああああああああああああああああああああああ!?」
「お爺ちゃん!」
電柱の悲鳴に、オーマの声が重なる。
電柱は再び顔を出現させ、少しの間苦しそうに叫んでいたが、それもそう長くは続かなかった。
「ああ、お爺ちゃん……そんなぁ……」
嘆くオーマの目の前で、焼け焦げた電柱が、形を保てずにぼろぼろと崩れ落ちた。
「さて——そっちの猫ちゃんは、新しいお友達かい?」
魔女が空洞の目を細めて笑う。
——考えるより先に、由宇は叫んでいた。
「オーマ、逃げて!」
「で、でも——」
「いいから!早く!」
「す——すいませんっ!」
身を翻し、霧の中へと走り去るオーマ。
由宇は拳をきつく握って無理やり震えを止めると、精一杯の勇気を振り絞って魔女を睨みつけた。
へええ、と魔女が、小馬鹿にしたような声をあげる。
「アタシと一対一でやろうってのかい?面白いじゃあないか」
「——えいっ!」
先手必勝とばかりに、由宇は両手の掌を魔女に向かって突き出した。
肉体という拘束具を脱ぎ捨てた今なら〝力〟が使える。
由宇の掌から発せられたそれは、力強い波動となって魔女へと向かっていった。
しかし。
「——甘い!」
魔女もまた、両手の掌を由宇へと向けた。
二つの〝力〟が、正面からぶつかり合う。
「どうした?そんなもんかい?」
必死に歯を食いしばる由宇とは対照的に、魔女はニヤニヤといやらしく笑った。
やがて力の均衡がくずれ、由宇の〝力〟が押し返され始める。
「そ、そんな……!」
何とかその場に留まり、諦めずに〝力〟を送り続ける由宇だったが、そんな彼女を鼻で笑い、魔女は手下の鴉達に告げた。
「お前達は猫を殺りな。死骸は好きにして構わないよ」
魔女がパチン、と指を鳴らすと、鴉達の体が膨張し、変形を始める。
あっという間に彼らは、肩から鴉の羽を生やした、真っ黒な狼へと変貌を遂げた。
二匹の黒狼は揃って遠吠えをした後、由宇の両脇をあっさりと素通りし、オーマを追って走り去って行った。
魔女と力比べをしている最中の由宇には、とてもではないが二匹を止める余裕はなかった。
「いいかい、お前達!ちゃあんと仕留めるまで戻ってくるんじゃあないよ!わかったね!」
「こ、このっ——」
「はいはい、アンタはよく頑張ったよ。けれども——」
魔女が目をカッと見開く。
その刹那——「遊びは終わり」とばかりに、とんでもない〝力〟の洪水に押し流され、由宇は背後へと吹き飛んだ。
「あああっ!」
それは残酷なまでの、圧倒的実力差だった。
地面を転がり、倒れ伏した由宇に魔女が言う。
「——アタシとアンタじゃ、年季が違うんだよ」
「ううう……!」
何とか起き上がろうとする由宇だったが、突然、それまでの何倍もの重力に襲われ、地面へと押しつぶされてしまった。
「やれやれ、何とか間に合った。アンタが捕まらなかったら、儀式に使うのは市場で仕入れたツチノコで妥協しようと思ってたんだ。だけどやっぱり、生贄ってのは〝穢れなき処女〟と相場が決まってるからねえ」
しゃがれた声が、徐々に近づいてくる。
「まあ安心しな。儀式の時まで、体には手を出さないよ。その代わり——」
ひっひっひっ、と声が笑う。
「——魂の方には、苦痛と絶望をたっぷり刻み込ませてもらうがねえ」
霧の中を、オーマは無我夢中で走っていた。
「おいおい、どこに逃げようってんだ!?」
「そう怖がるなよ、お嬢ちゃん!」
すぐ背後からは、残忍な狩人達の声が迫っている。
オーマが逃げ込んだのは錆にまみれた、トタン張りの小さな廃工場だった。
僅かに開いたシャッターを潜る。
薄暗い内部はガランとしており、端の方にドラム缶が幾つも積んであるだけのスペースだった。
窓は全て閉まっている。
逃げられそうな隙間もなければ、隠れられそうな場所もない。
「ギャハハハハ!」
「ギャハハハハ!」
遅れて入ってきた狼達が、勝利を確信し、下卑た笑い声をあげた。
「へへ——〝袋の鼠〟ってか。皮肉なもんだねえ、子猫ちゃん」
「良かったじゃねえか。死ぬ前に、狩られる側の気持ちがわかって。なあ?」
じりじりと奥の壁際に後退りながら、オーマは、
「どうでしょうねえ」
と、狼達を睨みつけた。
「〝窮鼠猫を噛む〟って言葉もありますからねえ。そちらこそ、油断しない方がいいんじゃないですか?」
大きく口を開け、喉の奥に広がる『森』から、蔓を一本引きずり出す。
蔓は蛇のように鎌首をもたげ、狼達を威嚇した。
しかし、二匹は全く怯まなかった。
「おおっと、怖い怖い」
「その可愛らしい蔓で、俺らを一体どうする気だ?」
確かに、オーマは喧嘩慣れしていない。
むしろ、荒事は苦手な方である。
蔓を巻きつけさえすれば、ある程度の重さのものでも『森』に引きずり込めるが——相手は二匹だ。
オーマが一度に操れる蔓は一本。
一匹を飲み込もうとする間に、もう一匹に喉笛を噛み千切られるだろう。
しかし、このまま黙って死ぬわけにはいかない。
覚悟を決めるオーマに、二匹がへらへらと笑いながら続ける。
「無理すんなって。てめえはナハト様とは違う」
「そうそう。そこらの野良猫如きが、俺達相手に——」
と——彼らがそこまで言った時だった。
壁際に並んだドラム缶の隙間から、何かが素早く飛び出した。
蛇のように細長いそれは無駄のない動きで、自分達を〝狩る側〟と思い込んでいた哀れな獣達に巻き付いた。
「ひ、ひいいいいい!?」
「な——なんだコイツ——ぎゃあああああっ!?」
全身棘だらけの、赤錆びた捕食者。
——それは最近この辺りを徘徊していると噂の、血に飢えた有刺鉄線であった。
格闘する彼らをその場に残し、オーマは廃工場から逃げ去った。
そのまま、止まることなく走り続ける。
オーマの中に「由宇を見捨てる」という選択肢は存在しなかったが、今の自分が舞い戻ったところで、彼女を助けることができないのは明白だった。
であれば——オーマの取るべき行動は、もはや一つしかなかった。
どこへ行けばいいかはわからない。
しかし、誰に会えばいいのかはわかっている。
探すのだ。
自らの命の恩人、守谷修を。
彼ならば、きっと由宇のことを——
コメント
1件
読了しました……なんかもう、息が詰まるような展開でしたね。魔女の底知れない強さと、由宇の必死な抵抗が切なかったです。特に「電柱おじいちゃん」が一瞬で灰になったシーン、衝撃でした。オーマが有刺鉄線に助けられる意外性も好き。でも由宇が「穢れなき処女」って……儀式の生贄にされる流れ、本当に嫌な予感しかしない。阿炎さんの描くダークな世界観、重いけどちゃんと受け止めたいです。続き、待ってます🌙