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「ねえ、それ私の為に持ってきたお菓子じゃないの?」
「いいの、いいの。私が作ったんだし。というか、あの後大変だったんだから、忙しくて忙しくて」
と、私の為に持ってきたと言ったお菓子を一人ばりばり食べながらリュシオルは私にひらひらと手を振った。
その言葉を聞いて、あの後何かあったのかと聞きたくなったが、私はグッと堪えた。聞いても何だかいいことは一つもなさそうだし、聞いたところでどうせ私は参加しないんだから。
(それにしても、このクッキー美味しい……)
私は彼女の話を聞き流しながら、目の前にあるクッキーを口に運ぶ。サクっとした食感がなんとも言えないほど美味しい。アルバのお勧めしてくれた店のクッキーはお店のって感じがしてしっかり味が調っていたけれど、リュシオルはお菓子を作るのが好きというのが伝わってくるような手作りの優しさと温かさが感じられた。時間がないと言っていたくせに、私に作ってきてくれたことに私は感謝しながら、一枚一枚を噛み締めた。
また、彼女の淹れてくれたお茶は、香りがよく、ほのかに甘い。きっと、何か入れているに違いない。
私は紅茶を飲み干すと、ふぅと息を吐いた。すると、それを見た彼女は私の方を見てクスリと笑う。なんだ、と聞けば彼女は何でもないと答える。
「何だかいけないこと、してるみたいね」
「い、いけない事とは」
「深夜にお菓子食べること」
「ああ、確かに」
リュシオルの言葉に私は納得しつつ、一瞬でも違う想像をしてしまったことを申し訳なく思った。
それから、しばらく二人で他愛のない話をした。と言っても、殆どが私が質問をして、彼女が答えてくれるといった形だったのだが。
例えば、リュシオルは普段何をしているのだとか、メイドの仕事は如何なのだとか。そういう、彼女がリュシオルになってからのことを沢山聞いた。思えば、彼女にそんな話題をここに来てから振ってこなかったと思ったからだ。こういう機会でないと聞けなかった。
でも、私はそういう話で気を紛らわして、彼女がここに来てくれた理由から逃げようとしていたのかも知れない。彼女もそれを察してか、何も聞いてこなかった。それが嬉しかったけど、本当にそれでいいのかと自分で問いただす。
「ねえ、リュシオル……今、ここに来てくれた理由ってさ」
「うん」
「さっきのことで落ち込んでると思ったから……だよね。その、慰めにって言うか」
私が聞けば、リュシオルは目を丸くした後笑った。その笑い方は、いつものように馬鹿にしたようなものではなく、どこか寂しげなものだった。
「そうね、でも貴方寝たおかげでスッキリしてそうだし、私が来るまでもなかったかな」
「そ、そんなことないって。リュシオルが来てくれたことは嬉しいし、お腹空いてたし」
「絶対、お腹空いてたが本命でしょ。もう……」
と、彼女は呆れたように溜息をつくと、椅子から立ち上がり私の方に近づいてきた。そして、そのまま座っている私を抱きしめると、頭を撫で始めた。
いきなりの行動に私は戸惑う。でも、嫌ではないし寧ろ安心した。
「子供扱い反対ー」
「そんなこと言って、ほんとは嬉しいんでしょ。このこの~」
そう言いながら、優しく撫でていた手はわしゃわしゃと私の頭をかき混ぜるようなものに変わる。そのせいで髪がぐちゃぐちゃになった気がする。でも、何故か気持ちよかった。
しばらくして満足したのか、リュシオルは私から離れて飲み終わった紅茶の片付けをし始めながらしゃべり出した。
「あの後ね、別にたいしたことはなかったわ。ただ、トワイライト様は余計なことを言ってしまったって落ち込んでいて、明日の式典やパレードには参加するって意思をルーメン様に伝えていたわね。その後は、普通にお風呂には行って用意した部屋に戻っていったわ」
「そう……」
「貴方が落ち込むことないのよ。エトワール様は、あの時、ああやって言ったのは正解だったと思う」
そう、リュシオルは言ってくれた。
私の選択は間違っていなかったと言ってくれた彼女に私は思わず抱きついてしまった。
「ちょ、ちょっと。急にどうしたのよ。というか、痛いわよ」
「ごめん。なんか、凄く嬉しくて」
「全く……私じゃなくて、トワイライト様にすれば喜ぶのに」
何て、リュシオルは言ったがまんざらでもない顔をして笑っていた。やっぱり、リュシオルは優しい。だから、私は彼女に甘えてしまうんだろう。
まあ、明日は引きこもり生活だろうし、楽しいことは一つもないだろうからまたリュシオルに話しに付合ってもらおうと思った。彼女の腐女子話でも付合ってあげようと思ったし、私の話も聞いて欲しい。勿論、この世界のことじゃなくてもいい。
「それで、思ったんだけど、エトワール様……いつ、アルベド・レイ公爵と仲良くなったのかしら?」
「な!?」
彼女はいきなり顔色を変えて、と言ってもによによと私を見ながら聞いてきた。何でも夕方の事はかなりの騒ぎになっているらしく、使用人の中では、あの一匹狼のアルベド・レイ公爵が初めて女性に言い寄っている姿を見たとか噂になっているらしい。私の中でアルベドは、かなりモテていると思ったし女性慣れとかしていてそれなりに女性関係の話題が上がっているものだと思ったが、どうやらそうではないらしい。
というか、噂とはまた怖いものだと身震いする。
「そ、そんなんじゃなくて!」
「いやいや、隠さなくてもいいのよ。まさか、彼の心を射止めただなんて」
「射止めてない! あれは、からかわれただけ! 何もない!」
「ふぅん」
「本当だってば」
私が必死になって否定しても、彼女は聞く耳を持たない。そんなに信用ならないのだろうか。
「まあ、いいけど。最近そういう話し聞かなかったし、本当にもう攻略を諦めたのかと思ってたわ」
「そんなわけ、ないし……あと1%の人もいるし」
「へ!? 誰!?」
「言わなくても分かるじゃん……」
私の頭の中に輝かしいほどの金髪が浮かび、私は目を閉じる。最後にあったのはいつだったか。
調査の終わった夜だろうか。もう無理しないでって言って、それっきりだったきがする。彼のためにダンスを練習したり、今度会ったときにはライブチケットを破ったことを謝ろうと思ったりもしていた。けど、会ったのはあれ以来だ。
最後に見た好感度が99%だったから、きっとそのままなんだろう。
リュシオルは私の表情を見て察したのか、それ以上は何も聞いてこなかった。こういうところは、気を遣ってくれるから助かる。いや、聞いても何も返ってこないと察したんだろうか私の気を悪くしては、いけないと思ったのだろうか。どちらにしても、追求されなくてよかったと思う。
(まあ、彼奴の誕生日の時、彼奴が何て言ってくるかにも寄るけど……)
リースの誕生日は近いわけだし、そこで一度ぐらいは顔を合わせることが出来るだろう。一言二言しか交わせなかったとしも、ダンスの相手が私じゃなくなったとしても。おめでとうぐらいは言ってあげるつもりだ。
(ゲームのリース様の誕生日は、遥輝と一緒だから覚えやすかった……でも、遥輝のことは祝ったことなかったから)
その後少し話してから、私は、リュシオルにお礼を言うと彼女は気にしなくて良いと言って、部屋を出て行った。
一人になると、部屋の中はとても静かで寂しかった。
ごろんとベッドの上で寝返りを打って、先ほどのリュシオルの言葉を思い出していた。もう攻略は諦めたのかと思った何て、私は此の世界に慣れすぎた、浸りすぎた気がしたのだ。もう、攻略とかいぜんに、人と関わる事が楽しいとか、確かに嫌なことは一杯あるし、わかんないことだって一杯ある。でも、それも楽しくて知りたいって思えたから。
話しているのは攻略キャラばかりだけど、その周りの人達とも徐々に交流の輪を広げて行っている気がする。そう思うと、矢っ張り前世の私とは全然違うのだなあとリュシオルがいってたとおりだと思った。私は変わったのかも知れない。でも、まだ話すのは苦手だしすぐ感情的になっちゃって当たってしまう。そこは治していかないとと思っている。
だから、攻略という二文字が頭から抜けていたのだ。
だった、攻略は出来ても恋をしてその人を好きになってってそっちの方が大事な気がしたから。恋人がいたことはあっても、恋人らしい事は一つもしていない。恋なんて二次元にしかしてこなかった。だから三次元とか今更考えられなかった。
いつか、自分も本気で好きだって思える人に出会えるのだろうかとふと今更ながらに思ってしまった。その人を好きって、自分で言って、それこそ燃えるような恋を。
私はそんなことを思っているといつの間にか眠ってしまった。
良い夢が見れそうとか、そう言うのではなかったけれど、心なしか心身共に軽くなった気がした。
(でも、今日はぐっすり眠れそう……)