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「俺の番や。今度は、俺が支える」
その日、さとみはおかしかった。
朝から笑顔が少なくて、やけに静かで、目が合っても逸らすようにしていた。
ジェルは最初、何も言わなかった。
自分が不安定だった時期を思えば、そっとしておいてほしい気持ちはわかる。
それに、無理に聞いても、さとみは「大丈夫だよ」って笑って誤魔化すに決まってる。
けど。
夜になって、限界がきた。
「……っ、クソが……なんで、全部こんな……」
静かなリビングに、低く荒れた声が響いた。
ジェルが驚いてキッチンから振り向くと、
そこには、ソファに座り込んで肩を震わせるさとみの姿があった。
「さとみ……?」
近づこうとすると、彼は顔を手で覆って俯いた。
「……ごめん。ちょっとひとりにして」
けど、ジェルは離れなかった。
「ええよ。黙っとくから、ここにおるだけにする」
何も言わず、ソファの端に腰を下ろす。
さとみの呼吸は浅く、喉の奥で必死に感情をせき止める音がする。
でも、目元からはぽろぽろと涙が流れていた。
「……俺、今週、マジでダメだった」
かすれた声が、やっと漏れる。
「仕事でやらかして、スタッフにも謝って……ジェルには強がってたけど、ほんとはもう、何が正しいかもわからなくなって……」
「さとみ……」
「誰かに頼っても、どうせ迷惑かけるだけじゃんって思ってた。 でも、ひとりでなんとかしようとして……気づいたら、もう動けなくなってた」
その言葉に、ジェルの胸がぎゅっと締めつけられる。
「……さとちゃん。そんなん、俺が昔言ってたやつや」
「……ああ、そうだな。今、俺がまんまそれやってる」
ふたりはしばらく黙った。
けれど、ジェルの目はさとみを見つめ続けていた。
今まで、自分が支えてもらっていたぶんの気持ちが、確かに心にある。
「なあ、さとみ」
「……ん?」
「いっぺんくらい、支えられてくれや。俺に」
さとみは、少しだけ顔を上げた。
目が赤くて、弱々しくて――でも、どこかホッとしたような顔だった。
「俺、そんなん、上手く甘えられるタイプじゃ……」
「知ってる。めっちゃ不器用やん。俺もやしな」
ジェルは、そっと隣に寄って、肩を抱いた。
「けどな、支える側がずっと元気なんて無理なんやで。 崩れそうになるのは、甘えじゃない。そんだけ、頑張ってた証や」
「……俺、ダメだな」
「うん。めちゃくちゃダメや。だから、今日は寝ろ。何も考えんな」
さとみの肩にジェルの頭がぽんっと乗った。
「お前が泣くなんて、珍しいけどな。悪くない」
「うるせぇ……」
「泣き顔も好きやけどな、次は笑わせたる」
「じゃあ、明日も隣にいてくれる?」
「もちろん」
さとみの震えていた肩が、少しずつ静かになっていった。 さっきまで硬かった身体が、ジェルにもたれかかるように預けられる。
それだけで、ジェルは確かに
「自分が支えられてる」実感を持てた。
――支える側も、支えられていい。
それが、本当に隣にいるってことや。
夜は深くなっていくけれど、ふたりの間には静かなぬくもりがあった。
明日には、少し元気になってるかもしれない。
また笑い合えるかもしれない。
でも今は、それで十分だった。