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事は決まった。その日の内にマーサは、自分を慕う者達と一緒に脱出すべく準備を開始する。
「荷物は一人ひとつよ!直ぐにでも『黄昏』へ逃げ込むわ!馬車をありったけ用意しなさい!」
慌ただしく行き交う職員達に指示を飛ばすマーサ。そんな彼女に近付いたのは、息を飲むような美男子のエルフ。
「マーサ、商材についてはどうする?倉庫にかなりの数があるぞ」
彼は『ターラン商会』の実質的なNo.2であり、マーサと同じエルフの男性ユグルドである。
「荷物を運ぶ時間はないわ。どうしても必要なものだけ馬車に積み込んで、後は破棄するしかない」
「残念だが、仕方ないか。分かった、仕分けは任せろ。正午までには終わらせる」
「任せたわ、ユグルド!さあ皆も急いで!」
なぜ彼女達が急ぐのか。それは強硬派がマーサ達を捕らえるべく動き始めたとの情報が『暁』からもたされたからである。
それ故に彼女達は準備を急いでいるのである。
一方カテリナから交渉成立の報を聴いたシャーリィも動きは早かった。
「マクベスさん、直ぐに人員を選抜してください。マーサさん達に危険が迫っています。速やかに彼女達を保護しなければいけません」
「お任せを、お嬢様。戦車はどうなさいますか?」
「準備をお願いします。状況次第では投入しますので」
「承知しました!」
『暁』は厳戒態勢を発令、陣地に部隊が配置され、更に救援のため百名を選抜。
「さあ、新しい家族を迎えにいきますよ。敵対者は誰であろうと容赦する必要はありません」
「「「おおおおーーっ!!」」」
シャーリィ自らが率い、ベルモンドが補佐する形で出撃した。
一方強硬派はマーサ達を捕らえるため十六番街で出し抜かれて『暁』に少なからず恨みをもつ『血塗られた戦旗』へ大金を支払い、襲撃を任せていた。
『血塗られた戦旗』としても『暁』や『オータムリゾート』との決戦に備えて『ターラン商会』の後ろ楯を必要としていたので仕事を快諾。
相手に武力はほとんど無いと判断したので、幹部達や正規隊員を使わず百五十人からなる末端組織の混成部隊を派遣した。働きに応じて正規隊員への昇進を確約して士気を高めた。
「またお預けか。いい加減にしろよ、聖奈を抑えるのも大変なんだぞ」
『血塗られた戦旗』本部では幹部であり、『スネーク・アイ』の異名を持つ青年ジェームズが苦言を呈する。
「今回は捕縛が任務だ。お前達だと殺してしまうだろう?だから任せられないんだ。クライアントの依頼は護らねぇと信用に関わるからな」
それに苦々しく答えるのは、『血塗られた戦旗』を率いるリューガである。
スキンヘッドで顔に大きな傷跡が幾つもある大男で、その風貌は歴戦の傭兵であることを示していた。
『血塗られた戦旗』は彼が集めた傭兵集団をその始まりとしており、十五番街を支配して『エルダス・ファミリー』と長年抗争を繰り広げていた。
そして『闇鴉』の支援を受けて十六番街の支配を目論むが『暁』の予想外の活躍と『オータムリゾート』の横槍により悲願は成就することなく潰え、その恨みを晴らす機会を虎視眈々と待ってたのである。
「それにしてもだ、ボス。この半年殺しの依頼をほとんど受けて無ぇじゃねぇか。臆病風に吹かれたなんて陰口まで叩かれてるぜ?」
「相手はエルダスのバカじゃねぇんだ。慎重にやらねぇと、奴等の二の舞さ。ジェームズには悪いが、もうしばらく聖奈を大人しくさせといてくれ。出来るだけ殺しの依頼はそっちに回すからよ」
「ちっ……分かったよ。だが、聖奈の奴にも限界があるのを忘れんなよ?ある程度は俺が抑えるが、限界が来たらもう止めねぇからな。その時は無差別に暴れるぜ」
「分かっている、ちゃんと仕事は回す。もう少し我慢させてくれ。今はまだ時期じゃねぇんだ」
『血塗られた戦旗』もまた事情を抱えているものの、今まさに『血塗られた戦旗』と『暁』の前哨戦が始まろうとしていた。
『血塗られた戦旗』の部隊百五十人が『ターラン商会』本店付近に到着したのはその日の正午。マーサ達が脱出しようとしたまさにその瞬間であった。
「奴等逃げる気だぞ!?逃がすな!エルフは捕まえろ!他は殺せ!ここで手柄を挙げれば昇格間違いなしだ!」
「いいや!昇格は俺たちが貰う!遅れるなぁ!」
「邪魔する奴等は殺せ!俺たちこそが昇格するに相応しいと教えてやれぇ!」
「「「おおおおーーっ!!」」」
「ちぃ!?マーサ!もう追手が来たぞ!」
「迎え撃つまでよ!皆は行きなさい!そしてシャーリィに保護を求めなさい!」
マーサ、ユグルドはエルフの装束を身に纒い弓を携えて十台の馬車を先行させる。
「会長達は!?」
「足止めをするわ!大丈夫!こんな場所で死ぬつもりなんて無いわ!」
人やどうしても必要な資材を満載した馬車は動きも遅く、更に『血塗られた戦旗』は下部組織とは言え馬を多数用意していた。
「流石は『血塗られた戦旗』!下っ端にも馬を持たせているか!」
「物持ちが良いわね!」
「それもあるが、間違いなく過激派の連中が供与したんだろう!明らかに荷馬も含まれている!」
「どちらにしても、あれじゃ追い付かれるわ!ユグルド!覚悟を決めるわよ!」
「心得た!」
二人は馬車を逃がすためその場に留まり時間を稼ぐことを選ぶ。
一方『血塗られた戦旗』は百五十人中百人が馬に股がっていた。武器は剣、槍、弓を主に装備しているが、中にはフリントロック式の銃を装備した者も居た。
「おい!エルフが二匹居るぞ!?目標はどっちだ!?」
「雌の方だ!雄は殺せ!」
「なあ!雌は味見しても良いんだよな!?」
「生きてりゃそれで良いとさ!」
「そりゃあ良い!あんな上物殺しちゃ……げっ!?」
下品な笑みを浮かべた団員の首に矢が突き刺さり、彼は無様に落馬する。
「野郎っ!射ってきやがったぞ!」
「上等だ!野郎共!すこしばっかり痛い目をみせてやれ!」
「お楽しみの時……がぁっ!」
再び飛来した矢が眉間を貫いて落馬し、後続はそれに巻き込まれないよう進撃を緩める。
「やるじゃない!流石は里一番の弓使いね!ユグルド!」
「お褒めに与り光栄だが、全員を倒すなんて不可能だぞ!」
二人は近くの屋根に上がり別々の場所から弓を射かける。
「それで問題はないわ!あいつらは下部組織!つまり、いろんな組織の集まりよ!指揮してる奴を優先して狙って!時間を稼ぐのよ!」
「ああ!任せろ!」
二人が大軍相手に絶望的な遅延戦闘を開始した頃。
「駆けなさい!私みたいな小娘に遅れを取るような人は居ませんね?報酬は弾みますよ」
「聞いたな?お嬢の気前の良さは知ってるだろ?良いところ見せてやれ」
「「「おおおおーーっ!!」」」
『暁』の救援部隊百人が街道を急行していた。『暁』と『血塗られた戦旗』の前哨戦が今まさに開始されたのである。