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ピンポンと耀は和香の家のチャイムを鳴らしてみた。


「はい」

とすぐに返事がある。


「俺だ。

突然訪ねてきたんだから、ドアは開けなくていいぞ」

と言う間もなく、和香はドアを開けていた。


「あっ、すみません。

私、すっぴんなうえに、自堕落な格好してました」


……いや、開ける前に気づけ、と思いながらも、耀は言う。


「大丈夫だ。

お前の自堕落なところなら、もう見飽きている」


ははは、と和香は笑ったあとで、

「で、こんな時間にどうされたんですか?」

と訊いてきた。


「いや、今、ここでお前のお姉さんと少し話してな」


「えっ?

姉がここに来てたんですか?」


和香は不思議そうに言う。


「ああ、もう帰られたが、この家の前に立ってらしたんだ。

……その、たまたま、俺がこの前を通ったとき、お見かけしてな」

と耀は苦しい言い訳をした。


そうですか、と言う和香は、耀の言い訳ではなく、別の部分が引っかかっているようだった。


「姉がここに来てたんですか……。

蚊の恨みはもう忘れたんですかね?」


……お姉さん、蚊にどんな目にあったんだ?

と思いながら、耀は言う。


「お姉さん、心配してらしたぞ。

お前のことが気になって、いろいろ調べたのか、俺のことまで知っていた」


「はあ、まあ、あの人、その道のプロですからね」

と言う和香に、


……どの道のプロなんだ、と思う。


まあ、妹、FBIに研修に行ってたくらいだから、姉もただものではないのだろう。


「いろいろな技術を叩き込まれたので。

さりげなく、今の会社を傾かせるくらいはできますよ」


「……傾かせるな。

俺もいるんだぞ」


お前と暮らすはずのマイホームのローンが払えなくなるじゃないか、と耀は思う。


まあ、建てたときには、和香と暮らす想定はなかったのだが。


今となっては、図書館前のあの白い家は、和香と休日、図書館で借りてきた本を読んでゆっくりしたり。


和香がひだまりの猫のように、本を読みながら、うとうと寝るための家なのだ。


なんとしても、手放したくない、と思っている。


「姉は今では普通に暮らしてるんですけどね。

……姉には好きな人もいるので、そのまま幸せに暮らしてほしいです。


だから姉には関わって欲しくはないんですが。

私の復讐を止めるのだけはやめて欲しいですね」


復讐うんぬんより耀には気になることがあった。


ちょっと迷って口を開く。


「姉には、好きな人がいるのでって、お前には好きな人はいないのか」


和香は黙って耀を見つめる。

よくわかりません、と和香は言った。



困ったなあ。

なんだか今、すっと答えられなかったぞ。


お前に好きな人はいないのかと問われて、いないです、と言えなかったことに、和香は衝撃を受けていた。


この人、私の王子様だからかな。

もしかして、私、この人のことをちょっぴり好きになっているのだろうか、と姉や美那たちに、


「王子様だと思った時点で、好きなのよっ」

と叫ばれそうなことを和香は思っていた。



次の日、耀はダンボールの載ったカートを押しながら歩いていた。


部下が運ぼうとしていたのだが、

「ちょっと眠気覚ましに運動したいから」

と言って代わってもらったのだ。


座りっぱなしのデスクワーク。


少し動くと頭が切り替わっていいもんな、と自らに言い訳しながら、耀は企画事業部近くにある倉庫に向かう。――和香の頭から復讐の二文字を消さなければ、自分と和香の未来はない気がする。


そもそも、あいつ、なにをどう復讐するつもりなのか。

あいつの計画がわからなかったら、阻止できないぞ。


いっそ、復讐に加担するフリをして訊き出すか。

前に、困っていることがあるなら、手を貸してやると言ったしな。


ともかく、あいつがなにかやらかして、警察に捕まったりするのだけは阻止しなければ。


……いっそ、俺が先にやってしまうというのも手か。


あいつ、意外と切れ者っぽいが。

結局はマヌケそうだしな、と思いながら、一階の外廊下を通ろうとして、カートの車輪が溝にはまった。


変にお洒落に見せるために、ところどころ、溝で廊下が区切られていたからだ。


余計なお洒落心はいらないから、実用性を重視しろっ、と車輪を押し出そうとしたが上手くいかない。


カートを抱えて持ち上げようと屈んだとき、通りかかった誰かが一緒に抱えてくれた。


「ありがとう」

と顔を上げときには、もう相手は角を曲がって行ってしまっていた。


うむ。

こちらが礼を言う間もなく、すっと立ち去るとか。


スマートな行いだな。


困っているところをさっと助けてくれるとか。

女子なら、王子様のようだと思うところだろうな。


心温まるできごとではあったが。


ふと、王子様のようだと和香に言われながら、和香に愛されない自分を思い、ちょっとだけわびしくなってしまった。




「あっ、いたいた羽積さん。

ごめん、ゲスト用のIDカード、さっき渡すの忘れてた~」

と言いながら、辻井が一階の渡り廊下を走ってきた。


「すみません、辻井さん。

ありがとうございます」

と羽積は、和香が見たら、


「誰っ!?」

と叫びそうな爽やかな顔で微笑んだ。


「今、カートを押して行かれた方、社長室の方でしたっけ?」


羽積が耀が消えた方を見ながら問うと、辻井もそちらを振り返りながら、ああ、と笑う。


「そうそう。

秘書課の神森課長。


若くして課長になったのに、全然偉ぶったりしないんで。

仕事には厳しい人だけど、人気あるんだよ。


特に最近、運動不足だからって、よく物運んでくれたりするんで、さらに人気が上がってる」

と言って、辻井は笑う。


そうですか、と言いながら、羽積は、耀があとで理由をつけて覗いてみるのだろう企画事業部の方を見た。


中では和香が部長になにかを説明しながら、大口を開けて笑っていた。


……いや、仕事しろ、石崎和香、

と監視対象相手に思ってしまった。



社内には、まだまだ俺の知らないイケメンがいそうだ、

と焦った耀に誘われ、和香は耀の家に行くことになった。


「お前がこの間読んでた小説、映画になってるんだ。

ちょうど俺が入ってる動画配信サイトにもあるから、うちに観に来ないか?」


そう誘われながら、

うちの動画配信サイトにも、それ入ってたんですけどね……、

と思う。


だが、口は勝手に、

「はい、ありがとうございます」

と言っていた。


「でも、また課長のおうちにお邪魔するなんて、申し訳ないですね」


「いや、いいんだ。

気にするな。


寒くなってきたから、鍋でも食べながら観るか」

と言われ、いいですねーと和香は笑う。



和香たちは仕事終わりにコンビニで待ち合わせ、スーパーに向かうことになったのだが。


迎えに来てくれた耀の車の中で和香は言う。


「あの、よく考えたら、スーパーで待ち合わせればよかったのでは……」


「スーパーの方が遠いだろ。

夜道は危ないじゃないか。


っていうか、家まで迎えに行くと行ったのに」

と耀は言うのだが。


実は、前回、家に訪ねてきていた耀を三階の主婦、富美加ふみかが見ていたらしく。


「あの人、誰っ?」

と前のめりに訊いてきたのだ。


課長を今、アパートに連れていったら。

きっと、猫を抱かされて、写真を撮られるに違いないですっ。


羽積さんのようにっ、

と思った和香は、耀がアパートまで来ないよう、コンビニで待ち合わせることにしたのだった。



――しかし、二人でスーパーでお買い物しておうちに帰るとか、まるで夫婦のようではないですか。


耀がカートを押してくれ、和香は食材を眺めていた。


なんか逆の方が効率がいい気もするんだが……。


ナイフの技術はともかく、料理の腕はたぶん、課長の方がいいもんね。


そんなことを思いながら、和香はフルーツのコーナーを眺めていた。


このカットパイン美味しそうだな、オレンジ色で。

すごく熟してそう、と思いながら、和香は、なんとなく値段のところに書いてある文字を読んだ。


「フィリピン風カットパイン」


「フィリピン風のカットパインってなんだ……?」


どの辺がフィリピンな感じなんだ?

と横から耀に覗き込まれ、改めて見直す。


「あ、フィリピン産カットパインでした……」


すると、近くで買い物をしていた子連れの夫婦がちょっと笑った。


なんとなく笑い合う。


……もしかして、同じような夫婦に見えているのかもしれませんけど、違いますよ、と思いながらも。




不埒な上司と一夜で恋は生まれません

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