「王子!? ケーキ屋が?」
「正確にはレオンは責任者の肩書きだけで、実際に経営に携わってるのはあの子の部下たちですけどね」
メーアレクトから知らされた予想もしていなかったケーキ屋の正体。口に含んだお茶を吹き出しそうになってしまったじゃないか。
「つまりクレハは自分の婚約者と知らずに文通してたのか。何でまたそんなややこしい事を……今頃驚いてんだろうなぁ……あいつ」
「レオンにも事情があったんですよ。とにかく必死だったんです。なんせ初恋ですから」
「随分とその王子様に肩入れしてるねぇ……メーア」
こいつにとったらディセンシアの人間は息子娘みたいな感覚なのかもしれんが……。メーアレクトは王子と時折お茶を飲み交わす仲らしい。いま俺たちが座っている椅子とテーブル、そしてティーセットもその王子がメーアレクトの為に用意したのだという。
「あら? その台詞、ルーイ様にもそっくりお返し致しますわ。クレハちゃんが心配でわざわざコンティや私の所に出向いてこられたのですから」
そりゃその通りだけど……他人から言われると居た堪れない気分になる。自覚しているだけに。
「それにしてもいくら好きだからってなぁ。王子にコンティドロップスを使った追跡のやり方教えたのもお前だろ……ったく」
「熱烈ですよねぇ……」
「ちょっとやり過ぎじゃないかねぇ」
王子がそこまでクレハに熱を上げているとは思わなかった。だがクレハ個人を望み、好いてくれているのだと分かって少しばかり安心する。
「ピアスを送った件は私だって後から知らされたのですよ。確かに以前、レオンが外国の魔法について学びたいというので、コンティドロップスを数個手配して使い方を話したのは事実ですけども……」
定期的に魔力感知を行い、ピアスに込められた力の持ち主を探ってはいたんだがな。今こうして王宮の近くにいるにも関わらず、その王子の魔力を感知することができない。力の気配を断つことまでできやがるのか……とんでもないな。
「それと、俺が不審人物ってどういう意味?」
さっきのメーアレクトの言葉が気になっていたので確認する。不審人物とは随分な言い草じゃないか。
「レオンが言っていたのです。婚約者の周囲で時々強い力の気配を感じると。人間の持つ魔力のそれとは少し違うから、しばらく様子を見て婚約者にも探りを入れてみるって……まさかそれがルーイ様だとは思いもよりませんでしたわ」
「おい、待て。それってつまり……」
「レオンはルーイ様の存在に気付いておりますわよ」
「マジで……?」
「マジです」
「いやいやいや……そんなわけあるか。だって俺は……」
「ええ。ルーイ様は常に気配を絶っておいででしたから、私たちもお帰りになっているとお会いするまで気付きませんでした。ただレオンの場合、常時婚約者をストーキ……いえ、注意深く見守っていましたのでルーイ様が力をお使いになる、ほんの一瞬を感知できたのではないかと思います」
「お前今ストーキングって言おうとしただろ……」
まさかお上よりも先に人間のガキに認識されるとは……その王子様ほんとに人間なのか? いくらメーアレクトの血族といっても限度があるだろ。明らかに人間が持ってていい力じゃない。単純な力の強さだけなら、ほぼメーアレクトと同等だ。
クレハ……お前とんでもない奴に好かれたんじゃないか……?
「あの、ルーイ様」
「なに?」
「レオンの事なのですが、ルーイ様のご身分などを明かしても差し支えないでしょうか? 下手に隠しておくと後々面倒な事になりそうな気がするのです」
メーアレクトが言うには王子は思い立ったら即行動に移すせっかちな面があるので、俺に対して無礼な振る舞いをしかねないと心配なのだそうだ。特にクレハが絡んでいるとなると、息勇んで何をするか分からないとのこと。
「そうだなぁ……つか、もうバレてるようなもんだしな。しゃーないか。それじゃ、お前からその王子様に伝えてくれ。俺は不審者じゃないとな。詳しい経緯は直接会って話した方がいいだろう」
「ルーイ様、レオンとお会いになるのですか?」
「ああ、俺もその王子様に純粋に興味がある。時間と場所はそっちに合わせてやるから、決まったら連絡しろ」
「は、はい。承知致しました」
「それはそうと、これ美味いな」
お茶請けに出された桃のゼリーを頬張る。ひんやりとして口当たりも良く、ゼリーの甘さも丁度良い。大きめにカットされた桃は食べ応えもあり、口の中に広がる果汁がゼリーと合わさりなんとも絶品だ。
「レオンの店の新メニューなんですよ。私もお気に入りですわ」
「店の名前は『とまり木』だったな。前にクレハが買って来たケーキもめちゃくちゃ美味かった……また食べたいな」
「では、それも含めてレオンに伝えておきますね。ルーイ様の事を知ったあの子が、どんな顔をするか楽しみです」
面白そうに笑っているメーアレクトは、完全に子孫の色恋ネタを楽しんでいる。こいつも大概いい性格してるな。
「私も早くクレハちゃんにお会いしたいです。アルティナの孫ならさぞ可愛いらしいんでしょうね。ルーイ様、よろしければおふたりが知り合った時の話など聞かせて頂けませんか?」
その後、俺とメーアレクトは互いが目にかけている人間の子供の話で大層盛り上がってしまった。メーアレクトから、件の王子の子供らしからぬクレハへの執着を聞かされてしまい、別の意味でクレハが心配になったのは秘密だ。監禁とかされなきゃいいけどな……