テラーノベル
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13話
𝒈𝒐⤵︎ ︎
その声の主が誰か、うりにはすぐに分かった。
ぶっきらぼうで、少し生意気で、でもどこか核心を突いてくるような響き。
……ゆあんだ。
振り返らなくても、彼がどんな顔をしてそこに立っているか、容易に想像がついた。
きっと呆れたように眉を寄せ、ポケットに手を突っ込んで、うりの背中を睨みつけているのだろう。
いつもなら「なんだよ」と冗談交じりに言い返せるはずの相手。
けれど、今のうりにとって、彼は世界で一番遠ざけなければならない存在だった。
「……邪魔すんなよ」
うりの口から出たのは、可愛げのない、ひどく冷めきった言葉だった。
声は震えていたし、咳のせいでひどくかすれていたけれど、精一杯の拒絶を込めた。
本当は、助けてほしい。
消えたくない。
嫌だ
誰かに抱きしめてほしい。
けれど、そんな願いを口にすれば、今度はゆあんを消してしまう。
じゃぱぱさんやヒロくんのように、砂に変えてしまう。
「……帰りなよ。俺は、もう決めたんだから」
うりは、決して振り返ろうとはしなかった。
水面に映る自分の影は、呪いのせいで輪郭がぼやけ始めている。
背後から伝わってくるゆあんの気配が、痛いほどに熱く、生々しかった。
「お前、本気で言ってんの?」
ゆあんの声が、一歩近づいたような気がした。
「来るな……っ! 頼むから、もう近寄るなよ……!!」
うりは、悲鳴に近い声を上げた。
喉が裂け、また血の味が口の中に広がる。
自分を嫌ってくれ。
俺を一人にしてくれ。
そう願えば願うほど、うりの目からは、冷たい湖水よりも熱い涙が溢れ出し、止まらなくなった。
「邪魔? お前な、マジで何考えてんの? こんな時間に、こんな場所で……。ふざけんなよ」
湖面に浸かったうりの背中に、ゆあんの言葉が容赦なく浴びせられる。
その声は、夜の静寂を切り裂くように鋭く、それでいてどこか震えていた。
ゆあんはその場に踏みとどまったまま、吐き捨てるように続けた。
「急に部屋に引きこもったかと思えば、体調悪いなんて嘘ついて、一人でこんなとこまで歩いてきてさ。裸足じゃんか。足、血だらけだぞ。……馬鹿なの? それとも、俺たちがそんなに頼りないわけ?」
ゆあんの言葉は、いつも通りぶっきらぼうで、飾り気がない。
けれど、その一言一言には、暗闇の中でうりを探し回ったであろう焦燥と、ボロボロになった仲間を目の当たりにした悲しみが痛いほど詰まっていた。
うりは、何も言い返せなかった。
湖の冷たさが膝まで迫り、思考が白く濁っていく。
自分が消えれば、全てが終わる。
呪いも、恐怖も、悲しみも。
けれど、背後から聞こえるこの「生」の塊のような怒りが、うりの決意を鈍らせる。
「……何とか言えよ。いつもみたいに、生意気な口叩いてみろよ……」
ゆあんの声から、次第に鋭い角が取れていく。
代わりに混じり始めたのは、今にも崩れそうな、祈るような響きだった。
沈黙が支配する湖畔。風がうりの濡れた髪をなで、冷たい咳が一度、小さく漏れる。
その音を聞いた瞬間、ゆあんの声のトーンが、決定的に変わった。
「……なぁ、返事してくれよ」
それまでの「お前」という突き放すような呼び方ではない。
震える空気の中で、彼は、大切に、すがりつくようにその名前を呼んだ。
「うり」
その響きには、うりが最も恐れていた、そして最も欲していた「親愛」が、隠しきれずに溢れていた。
うりの肩が、ビクリと揺れる。
名前を呼ばれた。
ただそれだけのことが、呪いで冷え切ったうりの胸に、焼けるような熱をもたらした。
「……返事、してよ。頼むから」
その切実な呼び声に、うりの心はついに持ちこたえられなくなった。
(振り返っちゃ、いけないのに……)
磁石に引き寄せられるように、うりはゆっくりと、重い体を回した。
そこには、息を切らし、肩を上下させているゆあんが立っていた。
いつもは整っている髪は乱れ、服には泥が跳ねている。
暗闇の中、うりを探して必死に山道を駆けずり回ってきたことは一目でわかった。
うりの顔を見た瞬間、ゆあんは毒気を抜かれたように、ふっと眉を下げて微笑んだ。
「……やっと、振り向いた」
その声は、安堵と、今にも泣き出しそうな悲しみが混ざり合っていた。
ゆあんは、うりから数メートルの、絶妙な距離を保っていた。
うりがこれ以上近づけば湖へ逃げてしまうと察しているのか、それとも、うりの纏う異様な拒絶のオーラを本能的に感じ取っているのか。
「お前さ、自分が全部背負えばいいとか、一人でいなくなれば誰も傷つかないとか、そんな格好いいこと考えてんだろ」
ゆあんは、うりの瞳を真っ直ぐに見据えて言った。
「うり、お前はほんとにそういう奴だよ。昔から、自分さえ我慢すれば丸く収まるって、変なところで頑固で……。でもさ、残された俺らが、どんな顔してこれから笑えばいいのか、一瞬でも考えたのかよ」
うりの性格を知り尽くしているゆあんの言葉は、鋭いナイフのようにうりの胸に突き刺さる。
うりは震える唇を開こうとしたが、言葉の代わりに溢れたのは、鉄の味が混じった激しい咳だった。
「っ、ごほっ、ごほっ……!!」
「うり!」
ゆあんが思わず一歩踏み出す。
「来るな!!」
うりは叫んだ。
血に染まった手のひらを突き出し、全力で拒絶する。
「……ゆあん、もう遅いんだよ。俺のことは、もう忘れて。お願いだから……これ以上、俺に構わないで」
うりは、ゆあんの傷ついたような表情を見るのが耐えられなかった。
これ以上彼を見ていたら、彼の温かさに甘えて、また大切な人を「消して」しまう。
「……じゃあね、ゆあんくん」
うりはそう言い残すと、未練を断ち切るように、再びゆあんに背を向けた。
目の前には、全てを飲み込む真っ黒な湖面。
うりはもう一度、一歩、湖の奥へと足を踏み出した。
背後から聞こえるゆあんの叫び声を、冷たい水の音が遮っていく。
彼の存在が、完全にこの世界から消え去るまで、あと数秒──
あけましておめでとう
もう少しで完結させます
🌸𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎
コメント
7件
TRUE ENDになってくれ!! 続き楽しみに待ってます!
これからどうなるのかがめっちゃ楽しみです!続き待ってます!
今回も神ですね ッ 🫠 大好きです ッ 🫵 (急な告白)