テラーノベル
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大我は、自室で本を読んでいた。愛読書で、もう表紙は何度もめくってボロボロになっている。
それでも、彼はその本を手放せないのだ。これがあると落ち着くから。
しばらく読みふけって、ふと大我は顔を上げる。喉の渇きを覚えていた。水を飲みに多目的ルームに行こう。
そこにはウォーターサーバーがあって、好きなときに簡単に飲むことができる。
1階に降りた大我は、思わず身を固くした。
今は消灯時間も過ぎているのに、わずかな明かりが灯っている。それはテレビの電気だった。
樹がその前に座り、ゲームをしているのだった。
目をこすってみたけど、確かに樹だ。
大我は素知らぬふりをして、サーバーで水をコップに注ぐ。すると気配に気づいたのか樹が振り向いた。
「……あ」
樹は微笑み、手招きをする。
いつもだったら、スタッフと文章で意思疎通するときでさえ胸がドキドキする。でも、なぜか今ドキドキは小さい。
樹がコントローラーをもう一つ取り出してきて、大我に差し出す。大我は受け取った。誰かとゲームをするのなんて、子どものとき以来だ。
樹がしていたのは、懐かしいゲームだった。大我も知っているが、やったことはなかった。
ここを押すんだよ、と言うように樹が押してみせたのを見て、大我も見よう見まねでやってみる。
あっ、楽しい。
そんな感情はいつぶりだろうか。大我は、自分の表情が明るくなっていくのを感じる。
樹と大我の間に会話はなかった。でも、心が確かに——ほんの一部でも、繋がっている。
彼はずっと、ひとりきりで霧の中を歩いていた。
だけど、樹はその霧を晴らそうとはせず、一緒に霧の中に入って大我の手をそっと引いた。自分も迷うかもしれないことを厭わずに。
「もう一回…」
大我の口をついて言葉が出る。が、樹の反応がないのを見て、そうだったと思い直す。とんとん、と小さく肩をたたき、人差し指を立てた。
樹がニッコリと笑ってまたボタンを押す。
夜中の多目的ルームに、たった2人。こんなことは今まで誰ともやったことがない。
なんか、青春みたいだ。
大我は病気になってから初めて、自分が生きていることを実感した。
「あっ、大我さん、樹さん!」
その声に、大我は振り向いた。つられて樹もそっちを見る。やってきたのはスタッフだった。巡回していたところ、2人を見つけたようだ。
「何してるんですか、こんな時間に。ほら樹さんも、『前言ったでしょう? もう消灯時間です』」
すいません、と樹は手で謝り、大我からコントローラーを受け取る。片付けると、グーの手を耳元につける「おやすみ」の手話を大我に向けてした。
大我も、同じようにする。樹は心底嬉しそうに笑った。
樹と別れた大我は、部屋に戻ると本の続きを開くことなくベッドに横になった。
クラリティに来てからもずっと、睡眠障害で寝られなかった。だから読書にふけっていた。そして、短い眠りにつくのは明け方頃。
でも、しばらく目を閉じているといつの間にか眠っていた。
睡眠薬もなしで、いつぶりの深い眠りだろうか。
ほんの少し開いているカーテンの隙間から、街灯の光がわずかに差し込んで彼の長いまつ毛を照らしていた。
続く
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