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「負担なんて思わないよ。他の女性と比べて悪いけど、物凄く嫉妬深い女性と比べたら、恵ちゃんなんて可愛いもんっていうか、まったく重さがないよ。わたあめ」
「ぶふっ」
いきなり「わたあめ」と言われ、私は噴き出す。
「俺、一人暮らしをしていて『寂しい』って思った事はないけど、これからこの家で恵ちゃんと一緒に暮らせていけるなら、毎日の生活がもっと楽しくなるな。……一人でも大丈夫だったけど、君が隣にいてくれると思うと、欠けていたつもりはないのに、欠片がピタッと嵌まった気持ちになるんだ」
涼さんの言葉を聞き、私はズッと洟を啜る。
「俺は君を心底求めているよ。俺には君が必要だ」
温かい声を耳にし、眦から涙が零れていく。
「『具体的にどこが?』って言われたら難しいけど……。こう、しっくりくるんだよね。俺はベタベタしてくる女性は苦手だけど、恵ちゃんは自立してる。むしろ君を見ていると甘えさせたくなるんだ。恵ちゃんを知れば知るほど『奥ゆかしいな』って思って、自分に寄りかからせて甘えさせて、君の欲望を引き出したくなる」
「うう……」
私は恐ろしいものでも見る目で涼さんを見る。
「さっき、『贅沢に慣れたら我が儘になるかも』みたいな事を言っていたけど、これまでの感覚から、君がそうならない事は分かっているんだよね。恵ちゃんが我が儘を言っても、俺から見れば本当に可愛いもんだと思うよ。君はとても常識人だから、人に迷惑を掛けるのを嫌がる。培われた常識は、贅沢に慣れたとしても、そうそうブレるとは思えないんだ」
「……なんだか過大評価されているみたいで恐縮です。でも私、意外と俗物だから、涼さんの愛情に寄りかかって、とんでもない我が儘放題をするかもしれませんよ?」
ハードルを高くしないために言ったけれど、涼さんはサラリと一蹴する。
「そうなったら、それでいいよ。自分から望んで好きになった子に我が儘を言われるなら、特に苦痛でもない。それにこう見えて、俺は自分の〝人を見る目〟にある程度自信を持っている。それこそ、恋愛でも仕事でも色んな人を見てきたからね」
確かに人生経験で言えば、彼は私なんかと比べものにならないぐらい、大勢を見てきたのだろう。
「恵ちゃんは、とても澄んだ目をしてる。朱里ちゃんも同じ。だから俺は君を好きになったし、朱里ちゃんの事も尊のパートナーとして相応しいと思っている」
「……新鮮な魚の見分け方みたいですね」
率直な感想を口にすると、涼さんは「ぶふっ」と横を向いて噴き出した。
「そういうトコ。……恵ちゃんがそういう所を失わない限り、君は大丈夫だよ」
涼さんはポンポンと私の背中を叩き、額に優しいキスをくれる。
その時、コンロからAI音声が流れ、ご飯が炊き終わって蒸し始めた事を告げた。
「さ、肉焼こうか」
彼はスツールから下り、熱されていた鉄板に油を少量ひき、塩胡椒が馴染んだ牛肉をそっと置いた。
するとジューッと音が立ち、私は思わずゴクッと唾を嚥下する。
(朱里がいたら肉音頭を踊ってそうだな)
私は食いしん坊の親友を思い出し、クスッと笑う。
二人で宅飲みしながら焼き肉する時や、外で焼き肉屋に行ってしこたま飲んで帰る時、朱里はよく訳の分からない歌を歌いながら踊る癖がある。
いつもはツンと澄ました品のいい猫みたいだけど、打ち解けた人の前では子供みたいな一面を見せる。
(そこが堪らないんだけどな)
微笑んでいる私の前で、涼さんは鉄板焼きシェフのように専門のヘラを使って、肉が張り付かないように底をすくい、いい焼き色がついたところでひっくり返す。
両面に焼き色がついたあと、お肉を脚のついた網に載せ、それにクロッシュドームをかけた。
「こうやって肉を寝かせて、全体的に加熱していくんだ」
「へぇぇ……」
「寝かせている間に、他の料理をよそっちゃおうか。手伝って」
「はい!」
返事をした私は、彼が出した食器にスープやご飯を盛っていく。
家政婦さんが用意したらしい前菜は、涼さんがお店みたいに綺麗に盛り付けていた。
「そこにもテーブルがありますけど、いつもはどこで食べているんですか?」
二十畳近いキッチンの中には、アイランドキッチンの他に鉄板スペースもあり、鍋用の窪みがあるテーブルセットもある。
リビングダイニングにも立派なダイニングセットがあるけれど、普段この広すぎる家でどうやって食事をしているのか、急に気になってしまった。
「大体はこっちで済ませてるかな。洗い物を持っていく距離が短いし」
「なるほど。やっぱり」
前菜を盛った涼さんはテーブルに食器を置き、また鉄板の前に戻ると、クロッシュドームをとった。
「恵ちゃん、ちょっとびっくりさせるよ」
「え?」
言われて彼のほうを見ると、涼さんはお肉を鉄板に置くと、お酒をサッと移動させながらかけ、着火ライターで火を点け、ボワッと燃え上がらせた。