テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
お互いの仕事が終わり、恋人の帰り支度が終わるのをスマホを眺めながら待つ。
「お待たせ」と声が掛かってから、スマホをしまって駐車場に向かう。
車を走らせて、そいつを家まで送る。
「今日も泊まっていって」
そう言われれば、断る理由もない俺は「うん」と、それだけ答えた。
もう長いこと帰っていない自分の部屋ってどんな感じだったっけ?と、ハンドルを握りながら思い出していた。
もうすっかり見慣れてしまった恋人の部屋の中に、当たり前のように入って、ソファーにぐったりと寝そべる。
今日もなかなかに疲れた。
今じゃすっかり引っ張りだこになったこいつらの現場は、一日に多くて五つほどを短時間で回っていくようなスケジュールばかりだ。毎日運転して、こいつらの送迎、差し入れの買い出し、全員の軽食と飲み物を用意して、その間に別の仕事の連絡が舞い込んできて、その調整をして一日が終わる。
嬉しい悲鳴とはまさにこのことではあるが、なかなかこんな毎日だと、体がいくつあっても足りないと思い始めている今日この頃である。
それでも、毎日こいつらが元気に羽ばたく姿を見ていると、どこまでもついて行きたい、支えてやりたいと思うから不思議だ。
大変だけれど、苦しくはない。
こういうのをきっと、「やりがい」と呼ぶのだろう。
人の家のソファーで勝手知ったるや、我が物顔で寝そべる俺にぴったりとくっついた俺の恋人は、一向に離れる気配がない。
俺の首元に顔を埋めてから、かれこれ十五分以上経っているが、ぴくりとも動かない。
しかし、そんな触れ合いすら、俺にとっては愛おしくて、かけがえないのないものなのだ。
ここまで触れられるようになったことに、心からの嬉しさを覚える。
もぞっと動く感覚がして、目の前の恋人、照が俺と目を合わせて口を開いた。
「俺も、ふっかと同棲したい」
その言葉に、言い表しようがないほどに心が高鳴る。
「今以上に、ふっかのこと、守りたい」
そう伝えてくれるその気持ちに、こいつとの間にあった今までの出来事が蘇ってくる。
俺が「ありがとね。ここまで来るのに色々あったね」と返すと、照も「そうだね、今こうして一緒にいられて本当に幸せだよ」と言った。
俺たちはそのまま、これまでの出来事をお互いに振り返っていった。
自分で言うのもなんだが、俺はよくモテた。
女性からも男性からも。
俺の何がそんなに良いのか、自分では全く分からなかったけど、物心ついた時から事あるごとに色んな人が俺に告白してくれた。
幼少期や学生の頃は、純粋にそれを嬉しいと感じて、その気持ちに応えたり、他に大切な人がいるからと丁重にお断りをさせていただいたりの毎日を送っていた。
そんな俺の人生は、社会人になって少しずつ淀んだ影を差していった。
いつだって、意図せず周りの人の真ん中に立っていたような生活だったから、大人になったら、端っこの目立たないような場所で誰かが輝いているのを見ていたいと、そう思うようになった。
そうして転がり込んだ世界は、なかなかのものだった。
スポットライトの下で歌い踊るアイドル、眩しすぎるくらいのフラッシュに当てられながらポーズを決めていくモデル、虚像の世界で新しい人物を生み出していく俳優。
誰もが生き生きとしていた。
まばゆいくらいの光に当てられながら、自分という存在を刻みつけいていく彼らのその姿に、輝かしい世界の外側で心奪われたものだった。
とある芸能事務所のマネージャーとして入社してから三年間は、先輩の下について、マネージメントとはなんたるや、というものを学ばせてもらった。四年目になる年のある日、事務所の社長に突然会議室に来いと言われ、中で待っていると、俺と同い年くらいの、端正な顔立ちをした四人の男の子たちが入ってきた。
独り立ちをさせてもらえるんだと悟った。こいつらは、俺が初めて担当する子達だった。
長い間下積みを続けて頑張ってきたという彼らは、デビューが決まったことにすごく喜んでいた。大はしゃぎでそこら中を飛び跳ねたり、お互いを抱き締めあったり、呆然としていたり、反応は様々だった。
こいつらを、絶対に輝かせてみせる。
世界一のトップアイドルにしてみせる。
あの日、こいつらの嬉しそうな笑顔を見て、俺はそう誓ったんだ。
それから五年の時が流れて、こいつらは、すっかり人気者になった。
雑誌、ドラマ、映画、バラエティ番組、どこへ行っても愛されるスーパースターになった。俺は、自分のことのように嬉しかった。この幸せがずっと続いてくれたらと、切に願った。
ただ一つの影に見て見ぬフリをしながら。
「深澤くん、おつかれ〜」
「ぁ、、プロデューサーさん…お疲れ様です…。」
「元気ないね、何か悩み事?僕でよかったら話を聞くよ」
「ぃ、いえ…だいじょうぶ、、っです……っひッ!?」
「ん?どうかした?」
「な、なんでもないです…ぅぁッ…」
週に一回、このプロデューサーさんとは必ず顔を会わせているのだが、俺にとっては、それがとてつもなく苦痛だった。
やっと決まったこいつらの冠番組のプロデューサーさんなのだが、何を思ってなのか、俺のどこを気に入ってなのか、初めて会った時からやたらと構われる。
一度、確実に意図して腰を撫でられた感触がした時に、「やめてください」とやんわり断ると、その人は俺にこっそり耳打ちした。
「君が拒むのは勝手だけど、あの子達がやっと手に入れた冠、失っちゃうなんてことはしたくないよね?なら、自分の身の振り方、ちゃんと考えてごらん?また来週ね」
そう言ってプロデューサーさんが立ち去った後、俺の体は震えて止まらなくなった。
手も膝も背筋もガタガタと強張っていて、その場で自分の体を抱き締めてうずくまった。
怖かった。
初めて人から好意を向けられることに嫌悪感を抱いた。
ゾワっとする悪寒と、吐きそうになるほどの気持ち悪さが全身を襲った。
この世界の闇なんてものは、ある程度聞いていたし、こういう暗い部分もあることは知っていた。だけど、自分がその標的になるなんて想像もしていなかった。
そのプロデューサーさんの好意に良い感じは全くしなかったけれど、あいつらのことを思うと、どうにも拒むことができなかった。ある程度分かっていたことだし、あいつらならもっと活躍できる、だから我慢できる、そう思うようにして耐え続けた。
毎週の収録、あいつらは楽しそうに色々な企画に挑戦したり、ロケの映像をはしゃぎながら見ている。その間を狙って、プロデューサーさんは俺に近づいては、誰にも気付かれないように俺に触れてくるようになった。
腰、臀部、脚の付け根など、じっとりと這うように撫でられる度、嗚咽しそうになる喉をぐっと堪えた。込み上げてくるものをやり込めるたびに、生理的な涙が目に膜を張ってこぼれ出してしまいそうだった。叫び出したくてもできない状況が苦しくて仕方なかった。
それでも、あいつらを思えば耐えられた。
やっと夢が叶ったあいつらを、俺はずっと守り続けたかったんだ。
そんな濁りきった生活が日常になった頃、俺は人に触られることを怖いと感じるようになった。なんの他意もなく、肩についたゴミを取ろうとしてくれた人の手を思い切り振り払ってしまった時、自分の異変に気付いた。
自然と、仕事以外で人と関わることを避けるようになった。
友達だったとしても、何かの拍子に相手を傷付けてしまうかもしれないと思うと、会いたくても相談したくても、連絡できなかった。
唯一、気兼ねなく会えたのは、阿部ちゃんだけだった。
大学時代から仲良くしてくれていた大事な友達。
阿部ちゃんの前でなら、暗い気持ちなんて少しも持たずに、俺のままで話すことができた。であってもやっぱり、自分の近況については、何も話せなかったが。
こういう業界の話は、どこから漏れてスキャンダルになるかわからない。
阿部ちゃんを信用していないわけじゃない。むしろ、全幅の信頼を置いている。それでも、「現場で起きたことは一切他言無用」という会社の方針もあって、良いことも悪いことも、阿部ちゃんには今まで一つも言ったことはなかった。
どんな時も、俺を尊重して深くまで聞かないでいてくれる、何も話せなくても今まで通り仲良くしてくれる、阿部ちゃんのそんな優しいところが大好きだった。
それからしばらく経って、入社したての頃につかせてもらっていた先輩から、とある指示を受けた。
「今度の一斉パーティーに誰か一人、一般人を呼んで欲しい」
毎年開催される、芸能人が一堂に会するパーティーは、今年から趣向を変えたのか、一般の人を少し呼ぶことになったようだった。
誰か一人と言われて、真っ先に思い浮かんだのは、阿部ちゃんだった。
何が起きたとしても内密にしてくれる人で、芸能界にそこまで興味もなく、騒ぎ立てるようなこともしない人と付け加えて指定されれば、余計に阿部ちゃん以外考えられなかった。
俺は、その場で阿部ちゃんに連絡をして、いつものカフェで了承を得られるまで、何度も何度も参加して欲しいと頼み込んだのだった。
パーティー当日、不安そうに、辺りをキョロキョロと見回している阿部ちゃんを見つけた。そばに行ってあげたくて足を進めると、後ろから突然腕を引かれた。
「深澤くん、こんばんは」
「ぁ…っぁ……、……お疲れ様です…」
あのプロデューサーさんだった。
背中にじっとりと嫌な汗をかいていくのを感じた。
逃げたい。
嫌だ。
怖い。
触らないで。
膝がガクガクと震える。自分の顔が一気に青ざめていくのがわかる。
プロデューサーさんは、そんな俺の様子に気付かず話し続ける。
「こんなにも人が集まっては、人酔いしてしまうね。少し休もうかと思っているんだけれど、よかったら深澤くんもどうかな。この上に部屋を取ってあるんだ。」
「ぇ…っと、、、」
「彼らの新しいレギュラー番組の放送を今打診しているところなんだ。その話を詰めたいと思ってね」
ずるい。あいつらを引き合いに出せば、俺が断れないことをこの人はちゃんと知ってる。
遠くの方で、あいつらは、それぞれ楽しそうに談笑していた。
あの笑顔がいつまでも絶えないのなら…。
「…っはい……いきます……」
迫り上がる気持ち悪さを抑え込みながら、俺はプロデューサーさんに着いていった。
ホールを出て、エレベーターが到着するまでの時間をプロデューサーさんの後ろでじっと待つ。
怖くてたまらなかった。
今までも、ずっと俺に触れてきた人と、完全な密室で二人きりになったとき、俺は一体どうなってしまうのだろうかと思うと、それだけでゾッと背筋が凍る感覚に支配された。
今すぐにでも逃げたい。声を上げたい。この人のいない世界に行きたい。
でも、そんなことしたらあいつらの未来が………。
大丈夫、きっと大丈夫だから…。
チンと冷たい音と共にエレベーターの扉が開く。
下唇を噛み、意を決してその無機質な箱に震える片足を入れると、また後ろから手首を引かれた。
「っ…ぃた……へ、、ひかる………?」
「すいません。うちのマネージャーに何か用ですか?」
「これから、深澤くんと別室で会議なんだ。少しお借りするよ」
「ふっかは物じゃないので。それに、今はパーティー中ですし、そういう話はまたお仕事の日にお願いします。その時は、俺も一緒にお話聞かせていただきたいです。これでも…リーダーなので。」
突然の照の登場に、プロデューサーさんは唖然としていた。
エレベーターのドアが自動で閉まっていくタイミングで、また照にぐいっと腕を引かれて、俺の体は箱の外から完全に出る。そのまま扉はゆっくりと閉じていった。
長い沈黙のあと、照は小さく舌打ちをして、俺を照の部屋へ強制的に連れて行った。
「……なにしてんの…」
「…………ごめん…」
「あのまま着いて行ってたらどうなってたか…。」
今夜の宿として、あいつら一人一人に用意していた部屋の一つ、照用の一室に、気まずい空気が流れる。
照は苛立っているようで、言い訳など許してくれなさそうな物言いで俺に言葉を掛ける。照が怒るのも無理はない。俺は、今までなにも、相談すらしなかったのだから。
でも、言わなくても耐えられると思っていたから。我慢していれば、いつかきっと、あの人も俺に飽きると思っていたから。
今夜を乗り切ってひとまず事が治まるなら、それでよかったのだ。
でも、ついに知られてしまった。
誰にも気付かれたくはなかったけれど、見つかってしまったのなら仕方がない。照には内緒にしておいてもらおうと、自然と正座していたベッドの上で照に向かって手を合わせた。
「お願い…このこと、あいつらには言わないで…。」
「そうしたいなら、言わないけど…」
そう言ってくれた照の言葉にほっとして、俺はベッドから立ち上がった。
「ありがとね、俺は大丈夫だから戻ろう?」
「は?どこが大丈夫なの?ちょっとこっち来て」
さっきは咄嗟に掴まれたので平気だったようだが、照が近付いてきて、また俺の腕を引こうとした瞬間に、俺は全身が強張るのを感じた。
「っひッ!??!やだっ、やめて!!触らないで!!!!」
「ふっか!?ふっか、大丈夫!?」
「やだ…やだぁっ……こないで…こわい…っひ、は、ぁ、、っく、っかひゅッ、」
「ふっか、息吸って、大丈夫だから」
「ん、っひゅ、ぁ、ぁ、ぁ…ぁぐっ…」
照が遠くから何かを言っているのが聞こえるけど、パニックになった頭ではうまく届いて来なくて、心臓がドクドクと騒ぐ音ばかりが耳に響いた。
照から逃げるように壁に背中を預け、小さくなって自分の体を抱き締めた。
酸欠でぼやける視界で、照の姿が朧げに揺れる。
少しずつ、おずおずと近づく人影は、何か一言言った後、俺の目の前で停止した。
「ふっか、ごめん…んっ」
「んむッ!?ん、ん、んんんぅ“ー!!?」
「口あけて、息吐いて」
「ふぅっ…は、ぁ…っ」
「そう、いい子。今度は吸って」
「ん、っんんッ…ぁっ…ふぁ…ん…」
照にキスされていると気付いた時には、自分の上擦った呼吸は少しずつ落ち着いてきていた。優しく頭を撫でられている感覚がする。
誰かに触れられていること自体、怖くて仕方がなかったのだけれど、今は満足に呼吸ができないからなのか、力が入らない。
温かい舌が、動転した俺の気持ちを鎮めるように、俺の舌を撫でていく。その隙間から足りなくなってしまったものを満たすように、照は俺に吐息を分けてくれた。
怯える気持ちと、優しい温度に頭が混乱して、涙がボロボロと溢れる。
照は、ガタガタと情けなく震える俺の体を、ずっと摩ってくれていた。
「ん、は…ぁ、、っふ、んん」
「落ち着いた?」
「…ぅん…っは、離れてッ!!!」
「ぅぉッ!?」
少しずつ、はっきりとした意識を取り戻していって、まだ照に抱き締められていることに気付くと、俺の頭はまたパニックを起こして、どこに隠れていたのかというくらいの強い力で照を突き飛ばしてしまった。
「ごっ、ごめん…っ!!!」
咄嗟に謝ると、照は少し眉を下げた。
「俺が怖い?」
「ち、違ッ、、、照がとかじゃなくて、誰かに触られるのが怖いの…あの人に触られるようになってから、誰にも触れなくなっちゃっただけだから…」
取り繕うように弁明すると、照は長い腕を伸ばして、少し距離を保ったまま、俺の頭を二回ポンポンと叩いた。
「これなら、怖くない?」
そう言って寂しそうに照が笑うから、俺は訳がわからなくなって、緊張していた糸がぷつっと切れたみたいに、ベッドの側の床に座り込んで泣きじゃくった。
その間、照はずっと、腕一本分の距離を保ったまま俺の頭を撫でてくれていた。
デビューが決まった時から、ずっと俺たちを支えてくれて、いつだって一番近くで応援してくれている俺の大切な人は、その日、俺の目の前で子供みたいに泣いていた。
今までのストレスとか、恐怖とか、そういうのが一気に溢れ出して止まらなくなってしまっているかのように、しゃくりあげて、咳き込んでも、ずっとずっと泣き続けていた。
そんな彼、ふっかの姿を見ながら、俺はなんとも言えない憤りを覚えていた。
あの人にとっては、一時的な快楽の対象かもしれないけど、俺にとっては、何よりも誰よりも大切な人なんだ。汚されたくなかった。
声が枯れるほど、大きな声をあげて泣くふっかの頭を撫でながら、俺はこれまでのことを思い出していた。
「深澤辰哉です。これからよろしくね。」
そう言いながら、ふっかはニコッと笑った。
事務所の会議室で初めて会ったふっかは、ひょろっとしていて、筋肉もついてなさそうで、この人大丈夫か?と少し心配になった。
会って間もない人に対して、心配だとか、何かあった時は守ってあげたいと思ったのは初めてだった。
なんていうか、こいつはやたら俺の庇護欲を掻き立てたのだ。俺の全部がこいつを守りたいと言っているみたいだった。
自分がそんなことを思ったのは初めてで、俺は不思議な気持ちのまま、来週から働き詰めになるという事務連絡を片耳で聞いていた。
一応、このグループでリーダーというものをやっていることもあってか、自然とふっかと関わることが多かった。
スケジュールの確認や、ライブの構成、グッズのアイデアをみんなで出しあった後の報告など、ふっかとのコミュニケーションは多岐に渡った。
俺たちは一緒に過ごす度に息が合っていって、まさにいい相棒で、佐久間からは夫婦だと言われるくらいになった。
しかし、順調だったのは、ほんの束の間のことだった。
ある程度テレビに出させてもらえるのが当たり前になってきて、ライブもお客さんが集まってくれるようになってきてって、俺たちの名前が売れていくたびに、ふっかの顔色が悪くなっていった。
最初は、俺たちが忙しくなってきたことで、ふっかにかかる負担も増えてしまったのだろうかと思っていた。
だから、ビタミンがよく摂れる飲み物や、体に良さそうな食べ物、快眠グッズなどをさりげなく渡していたのだが、ふっかの青ざめた顔は一向に治らなかった。
そんなある日、偶然、ふっかがセクハラのようなものを受けている現場を目撃してしまった。
最近、冠番組を持たせてもらえるようになって、その制作に関わっているプロデューサーさんにメンバーみんなで挨拶をしに行った事があった。
お世話になっている人だから、あんまり悪いことは言えないけれど、なんとも、嫌な感じのする人だった。俺たちのことを値踏みするような目が怖かった。
俺たちを一人一人じっくりと見た後で、最後にふっかに視線を移すと、ニヤッと笑った。
その時の目が酷く下品だったのをよく覚えている。
まさに、今、ふっかはそのプロデューサーさんに身体中を撫で回されていた。
ふっかの顔は真っ白で、よく見たら膝がカタカタと震えていた。
その時初めて、俺はふっかの顔色がいつも悪かった理由に気付いた。
助けに行きたくて、ふっかの元へ行こうとした瞬間、ADさんに間も無く収録が始まると声を掛けられてしまい、俺が伸ばした手はふっかに届かないままになってしまった。
それがきっかけで、俺は今まで以上にふっかを気にかけるようになった。
腹立たしかったんだ。
大切な人が穢されていくような気がして、あんなに懸命に生きているふっかが、あいつのせいで壊れてしまうような気がして、喉を掻きむしりたくなるほどの怒りが込み上げていった。
毎週、その番組の収録があるから、来週は絶対にふっかを守るんだと固く決めたのだが、結局それは叶わなかった。
あいつはいつだって、収録中にふっかに触れていたから。
カメラが回っている状態じゃ、気付いていたって何も出来ない。
助けたくても手が出せなかった。
悔しくて、苦しくて、その様子を横目でしか見ることができない自分にとてつもない自己嫌悪の念を抱いた。
今、俺がアイドルじゃなくて、裏方に回る事ができたなら、ふっかを守ってあげられるのに。
そんな乱暴な考えさえ、頭をよぎった。
叶えたくて仕方がなかった夢ですら捨ててしまえるほどに胸が痛かった。
カメラの中と外。
届きそうで、絶対に届かないこの距離がもどかしくて、おかしくなりそうだった。
ふっかを守りたい、助けたい、心の底からそう思った瞬間から、いや、きっと初めて会ったあの瞬間から、俺はふっかに恋をしていた。
優しく笑う顔、みんなにいじられながらも楽しそうにはしゃぐ姿、俺たちのために一生懸命になってくれて、いつでも新しい仕事が舞い込んで来てくれるためには、って考え込む真剣な顔。全部好きだったんだ。
毎日頑張るその姿は、少し盲目的で、危なっかしくて、健気で、だからこそ余計に守りたかった。
ふっかは、今しがた、俺を盛大に突き飛ばした。
俺よりも筋力の無いその腕でかけられた力は、きっと火事場の馬鹿力だったのだろう。ものすごく強かった。
そこまで人と触れ合うことに恐れを感じるようになってしまっていたことが、悲しくて、辛くて、こちらまで泣きたくなった。
それと同時に湧き上がる強い怒りが、いつまでも消えない。
暗いホールの中で、ふっかの腕を掴んだあのプロデューサーさんを見かけた時、嫌な予感がした。
このまま、いつもみたいに何もできないままになってしまったら、きっと、ふっかは消えてしまう気がした。ここで何もしなかったら、今日までのふっかは、明日なんの前触れもなく、いなくなってしまうような、そんな考えが頭にこびりついて離れなくなった。
俺は、ホールを出ていく二人を全速力で追いかけた。
俺と一緒に会場内を回っていた佐久間の「ひかる!どしたの!?」という声を背中に感じたような気がした。
エレベーターに乗り込まれる前にふっかを攫えたことに安堵しつつ、迷惑そうに俺を見るそのプロデューサーさんに目一杯、にこりと笑った。
言葉と表情は、いつものアイドルの笑顔で。
目には一切の光も含ませず。
ーー二度とふっかに近付くな。
そう伝えるように微笑むと、プロデューサーさんは少しだけ怯えた顔をしたように見えた。
ふっかを慰めながら記憶を手繰っていると、いい加減に泣き疲れたのか、ふっかの勢いは少しずつ弱まっていった。
ふっかは鼻を啜りながら、「ひかる…ごめん…っ、もうだいじょうぶ…」と小さく言った。
その姿に酷く心を掻き乱された。
どこにも大丈夫なところなんてないじゃないか、今にも崩れてしまいそうなのに。
頼ってよ。守らせてよ。
ふっかは、その役目を俺に求めてはいないのかもしれない。
それでも、俺はお前を守りたい。
俺はふっかを怖がらせないように、ゆっくりと、ふっかの右手の指先を握った。
「おねがい…もう強がらないで…俺にふっかを守らせて……」
懇願するように訴える俺を見て、ふっかは戸惑うような顔をしながらも、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺もみんなを守りたかったの。みんなをもっと人気にしたかった。もっと輝いて欲しくて、テレビの前の人に、もっとみんなを愛して欲しかったの」
「だからって、それでふっかが辛そうなのは嫌だ。ふっかもいて、俺たちなんだから。みんなで幸せになりたい」
「ごめん……我慢できるって思ってたから…」
「もう無理しないで。俺がずっとそばにいる。もうふっかがあんな怖い思いしなくていいように。ふっかが俺たちを守ってきてくれたように、俺もずっとふっかを守るから」
「なんで、、なんで、そこまでしてくれるの…?」
不安げに揺れるふっかの瞳に苦しくなる。
ふっかも俺たちのこと守りたいと思って、今まで辛くても耐えていたことに、悔しくなる。
隠していても仕方がない。この気持ちは、守るための口実になるのかな。
ううん。違う。
そんな軽いものじゃない。
むしろ、その逆だ。
「好きだから、守りたいの」
そう言って、俺は繋いでいたふっかの指先を自分の口元へ運んで、小さく口付けた。
ふっかの指は、怯えるようにびくっと跳ねて、少し震えていた。
照に右手の指先を奪われて、少し体が強張る。
この五年間ずっと一緒にいたからなのか、照が気を遣いながら触れてくれるからなのか、さっきのようにパニックになることはなかった。
でも、少しだけ怖くて、震えてしまう。
照は流れるように俺の手を自分の口元に持っていって、ちゅ、と音を立てて口付けた。
照の唇の感触に、びくっと体中が跳ねる。
「好きだから、守りたいの」
口を俺の指から離して、そう言った照の目に捕えられる。
いま、流れるように告白された気がする…って、え?
え?…え?
今、告白された?
え、待って、そんなスムーズなことある?
【ふかざわは、こんらんしている!】状態になってしまったゲーム脳を一度放り捨てて、今起きた一連の流れを整理する。
照が助けてくれて、叱られて、ちょっとパニックになったあと、ガキみたいに泣いちゃって……。
それで、守りたいって言われて、、、。
どうしてそこまで俺のことを大事にしてくれるんだろうって思ったから聞いてみたら、「好きだから」って……。
わ。わ、わぁぁあああ…っ。
「っ……」
ぶわぁぁああって、顔に熱が溜まっていくのがわかる。
どきどきして苦しい。
触れたままの指先に感じる照の熱を思い出して、気付く。
照に触れられるのは、少し震えるけど、そこまで怖くないかもしれない。
最初から、全身どこでも大丈夫、というのはきっと無理だけど、今触れ合っている指と指には、嫌悪感どころか、安心感ばかりが心に溢れていく。
それに、照の好意はすごく嬉しかった。
これは、もしかしたら、もしかするのかもしれない。
「俺も、照のこと、好き……かも」
「かもってなに?」
俺に問い掛けながら「いひひっ」と、いつものように笑う照のその笑顔に、俺の胸はきゅっと疼いたような気がした。
To Be Continued……………………
コメント
2件
いわふかverってことですね!嬉しい🥹🥹💛💜