三日後。
(それはまた……ね)
結婚式が間近に迫っているというのに、皇太子は何か意味の分からない交渉のために、こんな遠くまでかり出されて、一体皇帝は何を考えているのだろうか。皇帝の考えること何て知ったことではないけれど、あまりにも無茶苦茶だ。もう、関係無いような帝国の事情とはいえ、リースがこんな帝国を背負っていくのかと考えると、可哀相だ。帝国がこれほどまで腐っていたのかと思うと、なんで気づかなかったんだろうってなる。まあ、普通そこまで目を向けないから。乙女ゲームだし。
リースは、苦虫を噛み潰したような顔をして、ふいっと視線を逸らした。彼も納得していないのがよく分かる。
(トワイライトは、納得してるの?)
結婚は、双方の同意……(この場合、皇帝が決めたからどうしようもないのかもだけど)、トワイライトが今どう思っているのかは気になるところだ。彼女もきっと納得していないだろう。勝手に話を進められてしまっているから。
もう、聖女殿に長く戻っていないから、あの後帝都がどうなったか、私の周りの人達が何を感じ、どう生活しているのかも分からなくて。聞いたところで何も出来ないし、気になってしまうから、聞かなかった締めを逸らしていたけれど。
私がいない間に、色んなことが進みすぎていて、何処に着地を決めたいのか分からなかった。
エトワール・ヴィアラッテアがかんでいるとして、彼女は何がしたいのか。
そもそも、本来のヒロインである、トワイライトに敵意を抱いているのではないかとか言う問題もあるし。ならば、トワイライトが幸せになってしまったらいいのか。一番は、私への復讐なんだろうけど。彼女の性格からしたら、傲慢だし、自分の思い通りにならない展開は全て書き換えようとするだろうし……
「……」
「エトワール」
「そう、三日後……なんだね」
「エトワール、俺は――」
言い訳だから、それ以上は言えない、というようにリースは言葉をかみつぶした。そんな見苦しい姿見せたくないし、ぐだぐだ言っても私を傷付けるだけだと彼は思っている。ここで、立場を捨てて、一緒に逃げようといわないのは、帝国の未来を見据えてのことだろう。もし、彼が皇位継承権を破棄したとして、誰が次の皇帝になるのが。今の皇帝の、思うがままの人間になってしまったら、帝国の未来は明るくはないだろう。それに、リースはそう言った腐ったものを嫌う。だから、自分の意思で変えたいと思うはずなのだ。だからこそ、自分が破棄するわけにはいかないと。
そうなったとき、私への恋心と帝国の未来、自分の立場を天秤にかけ、帝国の未来を選ぶのだと。私もそれが正しいと思う。リースにしか出来ないことだから。私も、同じ立場だったら、そうしているだろうから。
だから、私は納得している。ここで、変な選択肢をとらないのが、リースのいいところだって尊重しているから。
(だから、かな……涙が出ないのは)
悲しいわけじゃないけれど、受け入れているからこそ、涙が出なかった。リースの中に私への思いがないわけじゃないって分かっているし、感じられるから、裏切られたわけじゃない。
こうなることが分かっていたから、覚悟が決まっていたんだろうなって自分でも思う。やっぱり、物わかりのいいって、いいことじゃないのよね。
「リース分かっているから。大丈夫だから、そんなに落ち込まないで」
「いや……俺は、自分が許せないんだ。どちらかしか選べないなんて……俺の力がないせいで」
十分に力も脳もあると思うんだけどなあ、ということは実際に口にしなかった。単なる勉強の頭の良さでいったら私の方が少し上だし、比べる必要も何もないけれど、得意科目も違ったし。それが、今のこれとどう関係あるかは分からないけど、経済的なものを学んでいたのはリース、遥輝だった。
だから、リースの力でどうにか出来ないんじゃ無くて、上の圧力が強いからどうにも出来ないのだろう。そういう人の思想とか、権力をひっくり返すのは、それでこそ革命を起こさないといけない。かといって、誰か犠牲を出してまで、革命を起こしたいとは思わないし。
(それが、エトワール・ヴィアラッテアの思惑だったらっても考えられるから)
うかつに行動出来ない。
それに、その革命でリースが死んだら? 大切な人が、命を落したら? と考えると、それを私から提案することは出来なかった。
私は、リースの手をそっと包み込んで、大丈夫だと再度彼に伝えた。
「私は、その結婚式に行けないけど、リースがラスター帝国の皇帝になる姿は見たい。アンタが、この帝国をよくしていくの、期待しているんだから」
「エトワール」
「ね?」
と、私はゴリ押すように言う。
リースはまだ少し納得がいかないように視線を下に落とした。まだ、何か引っかかるのだろうか。私が、この際何でも言って欲しいと言えば、リースは、簡単に教えてくれた。
「その事なんだが」
「うん」
「帝国民は今、お前を探している最中なんだ」
「へ?」
「血眼になってな」
と、リースは、いうと嫌な予感しかしない、と私の手を強く握り返した。あまりにも力まれたため、骨がミシッと音を立てる。
(私を探してるってどういうこと!?)
追い出したくせに、まだ何かやらせる気なのだろうか。それとも、結婚式に見世物として殺すとか? 確かに、リースのいうとおり、嫌な予感しかしなかった。もし、見つかったら何をされるか分からない。
(てか、それって、指名手配されているってことよね!?)
アルベドはどうか、知らないけれど。私は指名手配されているのではないかと思った。こうやって、変身魔法を使ったとしても、バレる人にはすぐバレるわけだし、点々と、後森の中で暮らしていたのは正解だったかも知れない。なんでそうなったのかは分からないけど。
ちらりと、後ろのアルベドを見れば、彼も嫌な予感がすると、眉間に皺を寄せていた。まあ、そうなるよね。
「そ、その、探している理由って何か知ってる?」
「………………俺と、聖女の結婚式に招待したいそうだ」
「ええっ!?」
絶対罠じゃん。罠に決まってる!
でも、リースから出てきた発言が、あまりにも理解できないもので、そんな理由で私を血眼になって探しているとか、もっと意味不明で、頭が痛くなってきた。分かることは、罠としか考えられないということ。
こんなのに乗っかったら、どうなるか分からない。会場内で、毒殺されたら、とか色々考えられるし、その結婚式に、皇帝陛下も参加するだろうし……
(でも――)
憧れの結婚式。自分のじゃないけれど、家族の結婚式とか、友人の結婚式には参加したいなあ、という願望は前々からあった。オタクで、恋人とか(遥輝は特別として)そういう恋から愛とか結婚に繋がる想像が出来なかった私でも、憧れがあったのだ。誰かと、までは考えられなかったけど、あの純白のドレスを纏った新婦が……
女の子の夢だから。
グッと拳を握って、行きたい気持ちを抑えた。だって、その結婚式には妹が出るんだもん。妹の晴れ姿を見たいって思うのは普通なんじゃないかと思う。でも、罠のにおいがするから、頷けないし、リースも着て欲しくないのだろう。まして、自分の好きな人に、他の女性と結婚するところを見せたいわけがない。
私だって見たくない。
でも、トワイライトのウェディングドレス姿は見たい!
バカみたいな思いばかりが膨らんでいって、どうすれば良いか分からなかった。アルベドも、リースもこれはおかしいって私に訴えかけてきている。今すぐ逃げるべきだともいっている。私だって分かっていた。
「……だから、エトワール、絶対に見つかってはいけない。帝国の奴らに。お前に何をするか分からない」
「わ、分かってる」
「俺も、今、誰が味方で敵か分からないんだ。俺の部下すらも信用出来ない……逃げろ、エトワール」
必死にいってくる彼の瞳を見て、私は枯れたはずの涙が出てきた。この手を離したら、もう会えないようなそんな気がしてしまったからだ。でも、逃げないと、この周辺にはリースと一緒に来た帝国の騎士達がいて。捕まる可能性だってあって。
せっかく会えたのに、またお別れなんてそんなのいやだった。手を離したくない。
「りー……」
「それなら、お前が守ればいいじゃねえか。皇太子殿下」
そう口を挟んだのは、アルベドで、彼は少し苛立ったように、髪を掻上げた。
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