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昇降口で履き替えたスニーカーが、アスファルトを軽く蹴るたびに音を立てる。


そのたびに、胸の奥が少しだけざわついた。


校門の向こう、少し離れた駐車場で、小さな車の前にもたれかかるように立っていたのは他でもない


──晋也さんだった。


「あ」


目が合った瞬間、自然と声が漏れた。


黒のスーツにグレーのスラックス。


でも、俺を見つけた瞬間に浮かべたその笑顔はどこまでも穏やかで優しかった。


「おつかれ。学校どうだった?」


「ん……ふつう。まさか迎えに来てくれるとは思ってなかったけど」


「はは、思ったより早く終わったからね」


「そっか…これから行くんだよね?」


俺が返すと、晋也さんは頷いて運転席側のドアを開けてくれた。


シートベルトを締めるとき、手がちょっと震えていたのを、自分でも感じた。


役所へ向かう道すがら、ふたりの間に流れるのは


緊張でも沈黙でもなく、ごく当たり前の日常の空気だった。


「住民票も戸籍謄本も確認した」


「あと、診断書も問題なさそうだよ。家庭裁判所のウェブサイトでダウンロードした申立書も、ほとんど埋めてきたから、あとは今日、最終確認して提出するだけだ」


晋也さんはハンドルを握りながら、今日の予定を淡々と説明してくれた。


その声は落ち着いていて、俺の不安を少しずつ溶かしていくようだった。


助手席の足元には、クリアファイルにまとめられた書類の束が見える。


それらが、これから始まる新しい生活への第一歩なのだと思うと、不思議と心が落ち着いた。


家庭裁判所に着くと、想像していたよりもずっと静かな場所だった。


待合室には数組の人がいるだけで、誰もが静かに自分の番を待っている。


晋也さんが受付で手続きを済ませ、番号札を受け取ると、俺たちは隅の椅子に座った。


「やっぱ緊張してる?」


晋也さんが小声で尋ねてきて、俺は強がって小さく首を横に振った。


「ううん、晋也さんがいるから大丈夫」


すると、晋也さんはふわりと笑って俺の頭をぽん、と軽く叩いた。


その手のひらの温かさが、じんわりと心に染み渡る。


手続き自体は晋也さんが事前に準備してくれていたおかげで、スムーズに進んだ。


担当の書記官からいくつか質問を受け、書類に不備がないか最終チェックが行われた。


俺は晋也さんの隣で、時折求められる署名に応じるだけだった。


「これで、今日のところは終わりです。後日、家庭裁判所から連絡がありますので、お待ちください」


書記官の言葉に、晋也さんは深く頭を下げた。


俺もそれに倣う。


家庭裁判所を出たときには、すっかり夜になっていた。


空には星が瞬き、街の明かりがぼんやりと輝いている。


「おつかれさま」


晋也さんが、俺の顔を覗き込むように言った。


「晋也さんこそ、ありがとう」


車に乗り込むと、昼間とは違う安堵と少しの疲労感が漂っていた。


「そうだ、せっかくだし晩飯外で食べていく?」


晋也さんの問いかけに、俺は少し考えてから言った。


「え!食べたい!どこ行くの?」


俺の素直な反応に、晋也さんは柔らかい笑顔を見せた。


「近くに美味しい居酒屋があるんだ。お酒は飲めなくても、雰囲気だけでも楽しめるんじゃないかと思ってな」


「やった!じゃあそこに行こう」


車が静かに動き出す。シートに身を沈めながら、俺は今日一日の出来事をゆっくりと思い返していた。


「これからもっと忙しくなるけどさ」


晋也さんが口を開いた


「…うん?」


「焦らず、ゆっくりやろうね」


その言葉に、俺は強く頷いた。


窓の外を流れていく街の灯りを見つめながら心の中で思う。


晋也さんと一緒ならきっと大丈夫。



◆◇◆◇


居酒屋にて──…


中に入ると、ほんのりとした木の香りと賑やかな話し声が俺たちを包んだ。


「いらっしゃいませ~」


威勢のいい店員さんの声が響く。


晋也さんが迷わず窓際のテーブル席に案内してくれる。


テーブルの中央には熱々のおしぼりが置かれ、カウンターからは美味しそうな匂いが漂ってくる。


「何が食べたい?」


「えっと……あ、この刺身の盛り合わせとか食ってみたい」


「いいね。じゃ俺は焼き鳥にしようかな」


メニューを眺めながら、俺はまだ見慣れない料理の名前をひとつひとつ確かめていく。


注文を終えるとしばらく無言の時間が流れた。


「ねね、晋也さん」


俺が呼びかけると、彼はおしぼりで手を拭きながら「ん?」とこちらを見る。


「あの……さっき言ってたこと」


「さっき?」


「焦らずゆっくりって」


「あぁ、あれ?」


「ほら、柊って一人で思い詰めちゃったり、突っ走っちゃうとこあるでしょ?」


「よ、よくわかってるね…」


「それで昨日、俺のとこに一目散で来たわけだし」


「それは…うん」


「いくら俺が親代わりとして認められたとしても、片親だとか、それ以前に未成年後見人って制度は法的な親子関係が成立するわけじゃないから周りからなにかしら言われることもあると思う。思春期は特に」


「…結構、めんどくさいんだね」


「まぁな。でも、なにか言われたら俺に言え」


「だけど…その……そんなに晋也さんのこと頼って、負担にならない?」


言葉に詰まる。

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