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特別な力
『……く……時……くん…』
誰かの声がする。
女の人の声。
鈴を転がすような、可愛らしくて優しい声。
だれだっけ。
この声聞いたことあるような気がするんだけど……。
『とき…くん……き…る?』
さっきより少しはっきりと聞こえる。
まだふわふわした意識の中で、無理矢理頭を働かせる。
「…ん……」
目を開けると、そこにはぼんやりだけど、2人の女の人の顔が見えた。
『よかった。目を覚ましたのね』
「…あ…えっと……誰だっけ…」
この人のことを知っている気がするけど、出てこない。
この声も聞き覚えがあるし、安心感をおぼえるような優しい喋り方も。
でも思い出せない。
「紬希さん。時透くんは記憶を維持できていないみたいなんです」
『あら、そうなのね。じゃあ、また自己紹介すればいいよね。…宮景紬希です。時透くん、よろしくね』
みやかげつむぎ…聞いたことあるような、ないような。
『しのぶちゃん。彼の怪我の状態はどう?』
「化膿は少しだけおさまってきているみたいです」
“しのぶ”さんと“つむぎ”さんの会話をぼんやり聞いていると、手の甲にふわりと温もりが被さってきた。
それがつむぎさんが僕の手を握っているんだと理解するまで、そう時間は掛からなかった。
「…さあ、時透くん。包帯を替えますからね」
しのぶさんの言葉のその数秒後、身体中に灼けるような痛みが走った。
「…!?うあぁっっ!!」
あまりの痛みに僕は目を見開いて身体を硬直させる。
「……。少しマシにはなってきましたが…まだ傷が化膿している箇所が結構ありますね…」
『ほんとね……。時透くん、痛いだろうけど少しだけ我慢して』
「…っぅああっ!いやだ!!やめて!!」
小さな子どもみたいにみっともなく抵抗してしまう。
つむぎさんが急いで僕の身体を起こして後ろから抱きかかえるように抑えて、しのぶさんが包帯を外していく。
そこからが更に酷かった。
しのぶさんが傷を消毒するんだけど、しみるなんて可愛いもんじゃない。
皮膚が溶けていくんじゃないかと錯覚するくらいの、灼けるような、電撃が走ったような激しい痛み。
「いやだ!!やめて!痛いっ!うぁああ!!」
『時透くん!少しだけ辛抱して!お願い!』
つむぎさんが僕の身体を支える腕にぎゅっと力を込める。
しのぶさんもできる限り急いで処置しているのが見て分かる。
でも痛い。痛い。痛い!!
あまりの痛さに勝手に涙がこぼれて、頬を転がり落ちていく。
僕の必死の抵抗も虚しく、華奢なようで意外と力の強いつむぎさんに抑えられて処置が進められていく。
「時透くん!あと少しですよ!もう少しで終わりますから」
眉間に皺を寄せながら、素早く、でも丁寧に包帯を巻き直すしのぶさん。
「…よし!さあ、時透くん、終わりましたよ。頑張りましたね」
気が遠くなりかけた時にしのぶさんの声がして我に返る。
さっきまでの、まだところどころ血の滲んだ包帯が真っ白な清潔なものに替わっている。
『ほんと、よく頑張ったね。痛かったよね』
そう言って、僕を後ろから抱えたつむぎさんが、さっきまでとは違う力で抱き締めた。
そして優しく頭を撫でる。
その手の温かさに、なんでかまた涙が溢れてきて止まらなくなった。
「…っ…うぅっ……ふ…っ……っく……」
つむぎさんがゆっくりと僕を布団に横たえて、こぼれた涙を拭ってくれる。
『時透くん。深呼吸して』
僕の胸に手を置いたつむぎさん。
よく分からないまま、言われた通りに深呼吸する。
そして。
今まで全身を支配していた痛みが、スーッと消えていった。
まるで雪が溶けていくように。
「…あ…れ……??」
『痛みはどう?』
「ぜんぜん…ない……」
頭が追いつかなくて戸惑う僕に、しのぶさんが声を掛けてくる。
「紬希さんには、痛みをなくす不思議な力があるんですよ。痛み止めを処方するよりも身体に優しくて、早く効果が現れてくれるので助かってるんです」
怪我丸ごと治せたらいいのにね、とつむぎさんが小さく笑った。
『次からは痛みを取ってから包帯替えようね。ごめんね』
「でも、意識がぼんやりしていた段階でもあれくらいの痛覚反応が出るなら、回復してきた証拠ですよ。一時期は意識もなくて怪我も今より酷い状態で、触ろうが包帯剥がそうが消毒しようが無反応でしたからね」
しのぶさんの言葉にちょっと笑ってしまう。
「あら、笑顔が出ましたね。よかったよかった」
「…今は痛み、ないから……」
僕はゆっくり顔を横に向けて2人を見る。
しのぶさんは、小柄で、毛先を藤のような上品な紫色に染めた黒髪を後ろで束ねていて、そこに蝶の形の飾りをつけていて、毛先と似たような色の瞳。
蝶の羽みたいな模様の羽織を着ていた。
つむぎさんは、しのぶさんより少し身長が高くて、さらさらの背中くらいの長さの黒髪を、サイドを後ろに束ねて、 瞳は翡翠みたいな深い緑色をしていた。
隊服の上から羽織っているのは、白から深い青へと段階的に変化していく色の上着。
きれいだなあ……。
『時透くん、今のうちにお腹に何か入れられるかな?お粥作ってあるんだけど…』
「…ん…あんまり食欲ないかも……」
そういえば空腹を感じていない。
「残してもいいですから、少し食べてみましょう?」
「……はい」
僕の渋々の返事を聞いて、つむぎさんがホッとしたように笑って立ち上がる。
『じゃあ、温め直して持ってくるから、少し待っててね』
そう言ってつむぎさんはくるりと襖のほうへ向き直って部屋を出ていった。
その時初めて見えた、つむぎさんの髪飾り。
サイドの髪を後ろでお団子にして、そこにつけられていたのは 花と雪の結晶の形の、水引みたいな飾りの簪だった。
それをぼんやり眺めていると、しのぶさんが声を掛けてきた。
「時透くん。いま痛みはどうですか?」
「全然ないです。すごく不思議……」
「不思議ですよね。ですが紬希さんの力は持って半日くらいです。また痛みが出ると思いますから、その時は痛み止めの注射を打ちましょうね 」
注射…やだなあ…と思いつつ、素直にはい、と返事をしておいた。
「私たちは…鬼殺隊は、随分と紬希さんの特別な能力に助けられているんです。それに頼りきりもいけませんが…どうしても激しい痛み苦しみは早く取り除いてあげたいですからね……」
誰に話し掛けるでもなく、独り言のようにつぶやくしのぶさん。
「柱になるほどですから剣技も申し分ない上にとても優しくて。医学の知識もあるのでよくここ(蝶屋敷)を手伝ってくれるんです。時透くんのことも、あなたがあまね様に保護され産屋敷邸にいた時も、ここに移動してきた時も、つきっきりで看病してくれてました」
そう…だったんだ……。
「とてもつらいことがあって記憶が曖昧になってしまっているかもしれませんが、ほんの小さなかけらくらいでいいですから、彼女のこと、少しずつでも覚えておいてあげてくださいね」
「はい……」
僕たちが話していると、襖が開いてお盆を手にしたつむぎさんが現れた。
『お待たせ。時透くん、身体を起こせる?』
「はい。………あれ?力が入らない……」
「痛みが消えただけで体力は落ちてますからね。背中にクッションを入れたほうがいいかもしれません」
『あ、そうよね』
2人はてきぱきと僕の身体の下に座布団やら毛布やらを入れ込んで、上半身が起こされた体勢を整えた。
「すみませんが、紬希さん。食事介助お願いできますか?私は他の隊士の容態も診ないといけないので……」
申し訳無さそうに頼むしのぶさんに、にこっと柔らかく微笑むつむぎさん。
『もちろん、大丈夫よ。嚥下状態もみておくから』
ありがとうございます、と言い残して、しのぶさんは部屋を去っていった。
そして。
ほかほかのお粥を口に入れてもらって、数回咀嚼してからゆっくりと飲み込む。
「…おいしい……!」
『ほんと?よかった〜!』
嬉しそうにつむぎさんが笑った。
とても、綺麗だった。
食欲ないかもと思ってたけど、美味しくてお茶碗一杯分のお粥を全部食べてしまった。
『むせもないし、食べられてよかった!』
「おいしかったです」
『よかった!また作っておくからね。しっかり食べて体力を取り戻すのよ』
ちなみに。
僕の意識がなかった時は、栄養剤を鼻から流していたらしい。
今食べられなかったらまた鼻から管を通してごはん入れないといけないとこだったね、とつむぎさんが笑った。
そうならなくてよかったと、心底思った。
つづく