目の前の巨漢は、今迄で最大だったモラクスを遥かに越える四メーター? いや五メーター近いかも知れ無い、二階建てくらいの大きさであった。
深緑の硬そうに見える光沢ある鱗に包まれた身体の上には、蛇? いやいや竜のような頭が見える、しかも三つっ!
それ所か、片手に長柄の三叉(さんさ)の槍まで握っているというやる気満々の徹底振り……
殺しに来ているよね、うん、そうだねっ♪ って感じである。
腹は転じて緑の鱗に包まれたままヤケに大きく、でっぷりと見えたが、その辺りからも、そこはかとない暴の力の漲(みなぎ)りを感じてしまう……
コユキの問い掛けにも答える気が無いのか、それとも答えるに値しないと思っているのか……
無言を貫いている!
「…………」
何も答えない……
コユキは直前の運ちゃんとの話しで、久しぶりにピンッ! ときた。
モンゴル人力士並に…… 強そうね……、 と…… そして、言った!
「いっちょ! おねがしゃーすぇーすっ!」
その言葉と同時に、コユキは物言わぬ大物力士風を吹かしている、緑の異形に対して、己の全て、全体重を掛けて突進していた。
――――長柄の武器を持って、更にはその|体躯《たいく》も見た事の無いほどの巨体、内に踏み込んでの鬩(せめ)ぎ合いは苦手、不得手な筈っ!!
因(ちな)みにコユキはお相撲が嫌いでは無い、と言うよりも好きだ、むしろ大好物であった。
小さい頃から祖父母と一緒にテレビ中継を見ていたのも理由にはなっているが、本当の理由は別にあった。
なにしろ皆大きい。
無論、力士はデブでは無い、鍛え抜かれた鋼(ハガネ)の様な全身の筋肉を、怪我から守るため、プラス、自重によって更なる鍛錬を重ねる為に、無理して太っているのである。
その爆発的な瞬発力から生み出される破壊の力は、闘神の生まれ変わりと言っても過言ではないであろう。
小兵(こひょう)と言われる力士もいるが、それでも一般人や他の競技のプロ選手たちに比べれば、ありえないほど『大きい』のである。
『いやぁ、向こう正面の舞○海さん、小兵力士ですが如何ですか?』
『いいですねぇ、今資料みたんですけど、百キロちょっとしかないのに良く上でがんばってますねぇ』
聞いて頂けただろうか?
百キロちょっと し・か ないのに……
コユキが相撲を好きな、いや、心の底から愛している理由がお判り頂けた事だと思う。
兎に角、コユキは横綱にぶつかり稽古を指定された関取のように、可愛がられる為に飛び込んで行ったのであった。
コユキの想像が当たっていたのか否かは兎も角、体を合わせられた三つ首の竜は、明らかに戸惑っているようで、身を沈めたコユキのせり上がりに徐々にその巨躯(きょく)を後退させていく。
何とか踏みとどまろうと自身の前方向に体重を掛けようとした、瞬間、
「どっせぇーいぃ!!」
コユキが体を開き、力の掛け所を失った緑竜(みどりりゅう)の体は見事に泳ぎ、頭(×三)から泥地に減(め)り込んで行った。
三つの頭を、泥の中に埋め込んで、フンガフンガ言ってる緑の竜の背後からコユキは、手に持ったかぎ棒を差し込みながら言った。
「サクっとな! 思っていた以上に呆気なかったわねぇ? ん、あれれ? んんん?」
コユキが驚いた様な声を上げてしまったのも無理は無い。
刺されたかぎ棒によって、消え去った肉体の変わりに、その場に転がった石は、いつもの真紅ではなく、ガラス球の様な透明の結晶だったのだから。
「と、とうめい?」
石を拾い上げたコユキはハテナ? 状態であった。
この現状を分析し、仮定する為には、今一時の時間を要していたが、現実は残酷であった…… それは……
コユキは目の前に、五メートルに及ぶ三体の異形を見つめて、顔面の肉、贅肉を引き締められずに戦慄(わなな)かせていた……
「え、また三体って…… 一体? ええっ! やだっ、何これ!?」
コユキの戸惑いも当然の事であった。
いましがた、屠(ほふ)った筈の緑の竜が、今度は三体同時に目の前に現れたのだから……
「んもう、何なのよ! 馬鹿でかいヤツばっか出てきて…… 分かったわ、ホイッ、掛かってコイ!」
体を半身に構えたコユキは、横綱の様な風情で言った、
「ほら! どうしたっ! まだまだっ! ほい、来いって! よしっ! 来いっ!」
繰り出された三叉(さんさ)の槍をス! で躱(かわ)し、勢いそのままに体を預けてくる巨体をずっしりと受け止め、左右に逸らして、土俵、いや河原の地面へと叩き付ける。
当然順番を守る訳ではなく、時には同時に突っ掛かってくるのだが、コユキは自分の立ち位置を調整する事で、器用に一体づつ転がしていった。
何度かそうしていると最早精魂尽きたのか、三体揃って地べたに倒れたまま起き上がる気配も見せなくなった。
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