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◆◇◆◇
今日は待ちに待ったバレンタインデー。
校内は朝から、どこか浮ついた熱気に包まれていた。
廊下を歩けば、友達同士で色とりどりの手作りチョコを交換し合う女子たちの高い笑い声が響き
「作りすぎちゃったから」なんて言葉を添えて、愛想を振りまくように不特定多数の男子へ配り歩く
いわゆる「女子力高め」な子たちの姿が目に付く。
もちろん、そんな喧騒から少し離れたところで
照れくさそうに本命チョコを渡し合っているカップルもちらほらと見受けられた。
かくいう僕も、今日は特別な思いを抱えてこの場所に立っている。
通学カバンの中には、昨日から何度も確認した小さな紙袋。
中身は、幼馴染に渡すための手作りチョコレートだ。
といっても、相手は可憐な女の子なんかじゃない。
小学校からの腐れ縁で、ことあるごとに顔を合わせてきた幼馴染───佐々木拓矢。
僕の名前は、田辺日向。
拓矢への片思い歴は、数えてみればもう7年になる。
「ただの親友」というポジションが居心地良くて、でもそれ以上に怖くて。
未だに告白もできず、ズルズルと隣で「友達」を演じ続けてきた。
今日こそは、拓矢に「好き」と言おう。
そう意気込んで、100均で板チョコと、少し子供っぽいけれど可愛いクマのシリコン型を購入した。
ラッピング用品のコーナーでは、バレンタイン仕様の箱や紙袋を前に
どれが一番「重すぎず、かつ特別か」を2時間近く悩み抜いた。
昨夜、湯煎したチョコを型に流し込む指先は、期待と不安でずっと震えていたんだ。
それが今、僕の手元にある。
自席の前で立ち尽くし、紙袋からそっと箱を取り出してみる。
赤い包装紙に包まれたそれを凝視していると、今更ながら激しい後悔と迷いが押し寄せてきた。
(やっぱり、気合入れすぎかな……。男同士だし、こんなの拓矢、受け取ってくれないかもしれない……)
弱気な思考が頭をもたげた、その時だった。
「あっ、佐々木くんおはよー!はい、ハッピーバレンタイン~」
「おっ、いいの!? うっわ、まさか手作り? うまそ~、サンキュ!」
「ふふっ、あとで感想教えてね?」
聞き慣れた明るい声が耳に飛び込んでくる。
顔を上げると、教室の入り口で拓矢が女子に囲まれていた。
佐々木拓矢は昔から女子にモテる。
毎年、山のようなチョコを貰っているのを知っている。
相手の女子はみんな可愛くて、拓矢もまんざらでもない様子で白い歯を見せて笑っている。
「佐々木くん、はい、これも。食べてね」
「おっ、サンキュ!」
次々と差し出される華やかなギフト。
それらを器用に受け取る拓矢の姿を見ていると、胸の奥がチリリと焼けるように痛んだ。
(やっぱり……。女子ならまだしも、僕なんかがチョコをあげたって、拓矢にとってはただ荷物が増えるだけなのかもしれない)
そう自分に言い聞かせ、逃げるように箱を紙袋にしまい直そうとした。
けれど、運悪く拓矢がこちらに気づいてしまった。
女子から貰ったであろう可愛い紙袋をいくつも両手にぶら下げたまま、拓矢がいつも通りの足取りで近づいてくる。
「……おはよ」
不意に声をかけられ、心臓が跳ね上がった。
動揺のあまり、手に持っていた箱が指先から滑り落ちる。
「あっ、お、おはよ!」
僕は慌てて床に落ちた箱を拾い上げ、拓矢に見られないよう後ろ手に隠した。
「なに? どしたんだよ、お前」
「う、ううん! なんでもない」
必死で表情を取り繕いながら、拓矢の鋭い視線を盗むようにして、背後で無理やり箱を紙袋の中に押し込んだ。
(……やっぱり、帰って自分で食べよう。好きなんて、伝えられるわけないし)
心の中で溜息をついた僕を、拓矢はじっと覗き込んできた。
その視線が、僕の背中に隠した紙袋に注がれる。
「……それ、チョコレート?」
「えっ?! あ……いや、まあ、うん」
「ふーん……。それ、誰に貰ったの?」
「誰?」と問い詰められ、言葉が詰まる。
「拓矢にあげるために作ったんだ」なんて、バカ正直に言えるわけがない。
俯いて黙り込む僕に、拓矢は少しだけ声のトーンを落とした。
「まあ、もうすぐHR始まるからいいけど。……後で詳しく聞かせろよ」
そう言い残して、彼は自分の席へと向かった。
僕はその背中を見送りながら、やっとの思いで止めていた息を吐き出した。
◆◇◆◇
しかし、本当の嵐は放課後にやってきた。
終礼の鐘が鳴り響くと同時だった。
荷物をまとめ、カバンを持って立ち上がった僕の手を、拓矢が強い力で掴んだ。
「えっ、拓矢?」と驚く間もなく、僕はそのまま廊下へと連れ出される。
「ねえ、ちょっと! どうしたの?」
名前を呼んでも、彼は止まる気配も振り返る様子もない。
繋がれた手から伝わる体温が熱くて、僕の心臓は壊れた時計みたいに速く脈打っていた。
連れて行かれた先は、校舎の隅にある、今は使われていない小教室だった。
中に入ると、拓矢はようやく手を離した。
彼は入り口の扉を背にするように立ち、カチリと鍵を閉める。
「ね、ねえ、本当にどうしたの? 拓矢、なんか変だよ」
震える声で問いかけると、拓矢は低く、どこか苛立ったような声で言った。
「やっぱ気になって。……さっきのチョコ」
「え、チョコ?」
聞き返した瞬間、いきなり両頬を大きな手に掴まれた。
グイッと顔を上げさせられ、正面から彼の瞳に見つめられる。
「ひなたが隠したチョコ。誰にもらったわけ?」
言い募る彼の瞳には、見たこともないような熱が宿っていた。
その気迫に押され、僕はついに隠し通せないと悟る。
「こ、これは……! 僕が、渡そうと思って……作ってきたやつ、だから」
「え、ガチ?」
「う、うん」
「いや、好きな女子がいたなんて聞いてないんだけど。誰なの?」
「そ、んなこと、拓矢に言う必要ないし…っ」
(大体……女の子なんかじゃない。僕が好きなのは、拓矢なのに……)
「誰? 教えたって減るもんじゃないだろ」
問い詰める拓矢に、僕は涙が出そうになるのを堪えて叫んだ。
「やだ……言ったら、減るよ! 無くなっちゃうんだよ!」
(言ったら、この7年間の友情が、拓矢との関係が、全部壊れて消えちゃうかもしれない……)
「減る? なにそれ。意味わかんねーけど……なんか癪なんだよ、ひなたが他の奴にチョコ渡すとか」
少し傷ついたような、苦々しい顔をする拓矢。