ティアナは鏡を見てまだ首に薄ら傷痕があるのを確認する。
ようやく首の包帯が取れた。元々大した傷でもないのにグルグル巻きにされて寧ろ窮屈だった。
屋敷に帰って来てから七日が経った。
『後の事は全て、私に任せておけば良い』
あれからユリウスは毎日の様にティアナに会いに来ている。勿論昼間は仕事があるので、彼が屋敷を訪れるのは夜になる。
一緒に夕食を摂り、食後にお茶をしてたわいのない会話をする。まるで昔に戻った様だと思った。
ティアナが昔一時的にこのフレミー家で暮らしていた頃、彼は毎日の様にティアナの元を訪ねて来ては一緒に食事やお茶をし、時には本を読んだり庭を散歩をしたりした。懐かしく優しい記憶だ。
「どうした、食べないのか」
彼の声に我に返ると、視界に黄金色のパンやトマトで煮込んだチキンや豆、オムレツなどが映る。
ティアナは今ユリウスと夕食中だった事を思い出す。
「少し考え事をしていました」
「何か悩みがあるのか」
心配そうにこちらを覗き込む彼に、首を横に振って見せる。
「ならいいが。ティアナ、私は何時如何なる時でも、君の味方という事を覚えておいて欲しい」
「……ありがとうございます、ユリウス様」
その晩、ティアナは自室の机に置かれた手紙を手に取り眺めていた。差出人はレンブラント・ロートレックとなっている。
内容は以前と変わらず、仕事が多忙で会いに行けない等だ。ただ一つだけ違う事がある。それは手紙の最後にある追記の言葉だ。
ーー愛しい人、君に会いたい。
最近では毎回同じ言葉が綴られている。まるで恋人へ宛てた手紙の様だ。頭では違うと分かっているのに、この文字を見る度に胸が熱くなり高鳴るのを止められない。
(レンブラント様はどんな気持ちで、この言葉を書かれたのかしら……。気まぐれとか、もしかして揶揄われてる?)
最近は気になって夜も眠れない。
ユリウスから彼の事は任せる様に言われているが、この手紙の事は話していない。モニカ達にも口止めをしている。後ろめたさは感じるが、もしユリウスが知ればまたあの日みたいに怒るかも知れない。更には没収されてしまう可能性もある。
ティアナにとってユリウスは兄の様な存在で、彼もまたティアナを妹の様に可愛がってくれている。それ故に過保護なのかも知れない。でもそれが決して嫌だとは思わない。誰かに心配して貰える事の有り難さをティアナは誰よりも理解しているつもりだ。だが、レンブラントとの事に関しては別だ。こればかりはユリウスにも干渉をして貰いたくない。
ーー私も、貴方に会いたいです。
遂に書いてしまった……。
これまで当たり障りのない返事しかしなかったが、気が付けば手が勝手に本心を綴っていた。
心臓が煩いくらいに脈打つのを感じながらも便箋を丁寧に折り畳み封筒に入れる。そしてそれを丁度お茶を淹れに行き戻って来たモニカに手渡した。
「モニカ、手紙をお願いね」
彼はどう思うだろうか……。
ティアナはまだ届けられてもいない手紙の返事が今から待ち遠しくて仕方がない。
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