テラーノベル
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すぐ近くでスマホが鳴ったのは、迅の唇が僅かに触れた時だった。
はっとして目を開けた私は、どこから聞こえてくるのかとその音の元を探すために耳を澄ます。
目の前では迅がため息をつき、着ていたパーカーのポケットをもぞもぞと探る。
「ごめん。モード、変えてなかった」
「出ていいよ」
「うん、でも……。知らない番号からだ」
「そうなの?」
その音はなかなか鳴り止まない。
「ずっと鳴ってるね」
「一応出てみるか。ちょっとごめんね」
迅は私に断りを入れて、渋々ソファから立ち上がった。壁際に寄って行き、私に背を向けて立つ。
「もしもし?」
私の部屋はそんなに広いわけではない。迅が持つスマホからほんのわずかに漏れ聞こえてきたのは、女性の声だった。
いったい誰からの電話なのかと、私は息をひそめて耳をそばだてながら迅の様子をうかがっていた。
「私には付き合っている人がいるので、それはできませんし、こういう電話も迷惑です」
きっぱりとした口調で言い、迅は電話を切った。スマホをポケットに収めて振り返り、恐る恐る私の顔に視線を当てる。
「今の、聞こえてた、よね……?」
「えぇと、会話の内容は分からなかったけど、もしかして、女の人からの電話、だった?」
おずおずと私は答えた。
迅は肩を上下させながら大きなため息をつき、のろのろと私の隣に腰を下ろす。
「昨日の結婚式の二次会で初めて会った人からだったんだ」
「へぇ……」
そんな人がなぜ、と私の心はざわめき、落ち着きを失う。
「実は夕べ、連絡先を聞かれてね。もちろん教えなかったよ。俺には彼女がいるから、ってね。その時はそれで納得したようだったから、後はもう終わった話だと思ってたんだけど、俺の友達から連絡先を聞き出したらしくてね。いったい誰が教えたのか知らないけど、まったく困るったらないよ。でも、今もう一度はっきりと断ったから、後は大丈夫だと思う」
迅は不愉快そうに鼻の上にしわを寄せている。
「ふぅん、そうだったの」
自分では上手に平静を装えていると思っていた。しかし実際は、心の中に広がったもやもやとした気持ちが、言葉の中に拗ねた響きをにじませた。
「もしかして、怒ってる?」
迅に顔をのぞき込まれて、私は薄い笑みを口元に浮かべる。
「どうして怒らなきゃいけないの?電話番号を教えたのは、迅君本人じゃないんでしょ?私が怒る理由なんて、どこにもないよ」
「でも、なんだか不機嫌だ」
「そんなことないわ。普通よ」
「普通には見えないよ。言いたいことがあるんなら、ちゃんと口に出して言ってほしい」
迅は私の顔をじっと見つめて答えを待っている。
私はふうっとため息をつき、おもむろに口を開く。
「言いたいことというか、ただ……」
「うん?」
「ちょっと不安になってしまって……」
「不安?何が?」
「迅君ってモテるじゃない。だから……」
「え?」
迅の眉間にしわが寄った。
「俺がモテるって?」
「そうよ。従妹の友達も、迅君のことを気に入ってたらしいし」
「は?」
「秋の初めごろにあった私の従妹の結婚式の二次会で、あの場にいた従妹の友達の一人が、迅君とまた会いたいって言っていたそうよ」
迅は苦笑いを浮かべ、私を諭すかのようにゆっくりとした口調で告げる。
「あのね。俺が好きな人は美祈ちゃんだよ。だから、美祈ちゃんが不安に思うことなんて、何もないんだよ」
「で、でも。人の心って分からないじゃない。迅君だって、今は私を好きだって言ってくれてるけど、他に好きだと思う人が今後現れないとも限らないでしょ」
「離したくないと思った人は、美祈ちゃんが初めてだし、今後そう思う人なんて絶対に現れない。俺の気持ちは変わらないよ。信じて」
「迅君を信じていないわけじゃないんだけど……。それでも、これからもこういうことがあったりしたら、と思うと……」
「仮に今後、そういうことがあったとしても、俺が心変わりすることはないって断言できる」
「だけど……」
「美祈ちゃん、もう、黙ろうか」
迅は言うなり私の背に腕を回し、これまでになく強引に口づけた。
「ん……っ」
それはあまりにも深く、濃厚な口づけだった。そのせいで頭の芯が熱を持ち始め、次第にぼうっとしてきてしまう。彼の唇がわずかに離れた隙に、私は荒い息の中訴える。
「迅君、待って」
迅は私の耳に唇を触れさせながら囁く。
「待たないよ。美祈ちゃんがこれ以上おかしなことを考えたりしないように、俺でいっぱいになるまではやめない」
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彼の吐息に耳を撫でられて、私の口からは小さな声がもれた。それを恥ずかしく思う間もなく、迅のキスは再び私から思考を奪っていく。もどかしさに全身が身震いする。
いったいどれくらいの時間、そうしていただろう。彼の口づけからようやく解放された時には、自力で体を支えられなくなっていて、私はくたりと迅の胸に倒れ込んだ。
「もうっ、迅君、ひどいよ……」
「俺の言うことを信じてくれないからだよ。それに、美祈ちゃんも前にこれと似たようなことを、俺にしたよ?」
「そ、そうだったっけ……」
「そうだよ」
「でも、私こんな風には……」
私は恨みがましい目で迅を見上げた。
彼は艶めいたまなざしを私に向ける。
「俺、これでも一応はセーブしてるんだよ?俺の我慢を褒めてほしいくらいなんだけどな」
その視線と言葉の意味を察して、私は彼から目を逸らす。
「ご、ごめんなさい。だけど、もうちょっとだけ待って……」
迅はくすりと笑う。
「大丈夫。分かってるから。俺は美祈ちゃんと早く一つになりたいけど、それはやっぱり、美祈ちゃんもそう思ってくれたタイミングじゃないと意味がない。だからその時までちゃんと待つよ」
「うん……」
迅と体を重ねたくないわけではない。ただ、彼の前に自分のすべてを曝け出す自信がないのだ。
うつむく私の背を彼は優しく撫でながら、冗談めかして言う。
「今のキスだけでも、六十パーセントくらいは充電できた。だけどもう一度キスすれば、充電率はもっと上がるかも」
それが百パーセントになる時って――?
迅の答えは想像がついているくせに、つい訊ねそうになった。しかし私は慌ててそれを飲み込み、その代わりにこう言ってみる。
「じゃあ、もう一度、キスする?」
迅は驚いたように軽く息を飲んだ。しかし次の瞬間には私の背を抱いて、再び私の唇を優しく塞いだ。
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